夜更けのエリック・サティ。ピアノはジャン=イヴ・ティボーデ。
気怠いサティを聴きながら、バッハに思いを馳せた。
サティは語る。
・・・明晰さ・・・精神が—イタリアおよびフランスの作品では勝利をおさめるのです・・・
・・・バッハにおいては・・・表現は厳粛で・・・美しく、またやさしいのです。・・・
・・・グルックのもとでは・・・演劇的です。ペルゴレージにあっては甘美なものとなります・・・
・・・そして壮麗な対位法が駆使されます・・・
~エリック・サティ著/秋山邦晴・岩佐鉄男編訳「卵のように軽やかに」(ちくま学芸文庫)P43
何て的を射た表現なのだろう。
スヴャトスラフ・リヒテルのバッハを聴いた。
イタリア協奏曲ほか。表現は厳粛でありながら、実に明晰。
サティはまた、次のようにも書く。
近代和声はドイツ産だ。ドイツ・ロマン派がそれをつくったのだ。
対位法のほうはラテン系だ。バッハの対位法は、イタリアの巨匠たちよりずっと後のものである。
~同上書P173
先達の方法をより一層昇華させ、次世代のつなげたことが、否、唯一無二か(?)、バッハの功績だ。そして、リヒテルの自由闊達な演奏が心に沁みる。
おそらくここには聴衆との気の循環、というか交歓がある。音の色艶といい、音楽の流れといい、リヒテルの素直さというか実直さと自由さが思いの外伝わり、素晴らしい。
長尺のフランス風序曲の優しさ、また柔らかさ。15分超の序曲は堂々たる音調。中でもサラバンドは極めつけ。
4つのデュエットの深遠さ、文字通り壮麗な対位法の駆使。
そして、それを縦横に表現し、聴く者の魂を鼓舞するピアニストの技量。完璧だ。
再びティボーデのサティに戻り、繰り返す。
ジムノペディ第1番。涙が出るくらい哀しく、また懐かしい。
グノシェンヌ。心静かに、静寂の中のミステリー。
嗚呼、音楽はいつまでも終わらない。