クレーメル アルゲリッチ ベートーヴェン ソナタ第10番ほか(1994.3録音)を聴いて思ふ

1812年はベートーヴェンにとって重要な年だ。
「不滅の恋人」宛てとされる3通の書簡を認めたのはこの年7月初旬。
同月、テプリッツにてゲーテとの邂逅。

これほど自己充足し、エネルギッシュかつ熱烈な芸術家に私は会ったことがない。
彼が世間に一風変わった態度をとらねばならないのはよくわかる。

(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ/松本耿夫訳)
「音楽の手帖 ベートーヴェン」(青土社)P207

想像するだに微笑ましい。
おそらく、ゲーテさえも唸らせたベートーヴェン。芸術家どころか、人間の枠を超えた存在であったのだろうと思う。

彼の創造する音楽は興味深い。激した重厚な作品であろうと、柔和で軽快な音調のものであろうと、芯があり、また信もあり、いつも新しい。
同年12月に一気に書き上げたといわれる最後のヴァイオリン・ソナタも、優しくまた軽やかで、ゲーテの印象とは異なるベートーヴェンの陽の側面が表出した傑作だ。

1812年12月、フランスの名ヴァイオリニスト、J.P.J.ロード(1774~1830)がルドルフ大公を訪ねてくるのを知ったベートーヴェンが、ピアノを弾く大公とロードのために作曲したソナタがこの第10番であり、ルドルフ大公に捧げられた。
「作曲家別名曲解説ライブラリー3 ベートーヴェン」(音楽之友社)P311

素人とはいえ、相当な腕前であったパトロンの大公のために書かれている点がミソ。根底に流れるのは慈しみの精神以外に考えられない。

ベートーヴェン:
・ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調作品47「クロイツェル」
・ヴァイオリン・ソナタ第10番ト長調作品96
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)(1994.3録音)

終楽章(変奏曲)ポーコ・アレグレットの民謡調の主題が素敵。
丁々発止の、ピアノとヴァイオリンが織り成す文字通りスーパー・デュオ!アルゲリッチのピアノは浮沈を繰り返し、そこにクレーメルのヴァイオリンが見事な合の手を入れるかと思いきや、逆もまたあり。優雅さの中の、手に汗握る瞬間の頻出は、この二人だからこその業。
第1楽章アレグロ・モデラートから、実に愛らしく、何て和やかなのだろう。二人の微笑みがこぼれてくるようだ。また、第2楽章アダージョ・エスプレッシーヴォは、癒しの音楽。アルゲリッチが祈り、そしてクレーメルが瞑想する。(後に喧嘩別れ?することになった二人だが)少なくともこの瞬間は心と心が同期しているよう。名演だ。
なお、短い第3楽章スケルツォは、とてもスピード感のあるぶつかり合い。もちろん良い意味で、音楽が喜びに溢れる。

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2 COMMENTS

桜成 裕子

おじゃまします。このCDを聴いてみました。この曲は聴いたことがあるけれど、1812年の作品として聴いたのは初めてです。ボヘミアに旅行して「不滅の恋人への手紙」を7月に書き、19日にゲーテと会って、7月末にカールスバートでブレンターノ夫妻と落ち合って共にフランツェンブルンに遊び、一人でカールスバート、テプリッツと戻って、10月にリンツの弟宅へ身を寄せ、11月にウィーンに帰ってきたベートーヴェン。青木やよひさんの本によると、ブレンターノ夫妻がフランクフルトへ向けて出立するのを待ってウィーンへ帰ったとのこと。それはボヘミアの温泉地でアントーニエとのことで破局があり、失意をかかえての帰路であったとのこと。その次の月に、たいへんな落胆と憂いの中で、このような優しくあたたかい、久しぶりの、そして最後のバイオリンソナタが作曲されたことに驚きます。4つの楽章があったり、変奏曲があったりして、自由な感じがします。この曲をルドルフ大公が演奏することを想定して書き、ルドルフ大公への優しい思いが表れているのでしょうか。ボヘミアでの楽しい思い出の余韻があったのでしょうか。1913年より失意とスランプに陥っていることを思うと、この曲愛らしさ、和やかさは切ない思いがします。このCDを聴く機会と1812年の情報を、ありがとうございました。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

1812年というのはベートーヴェンにとって転機となる重要な年ですよね。山あり谷ありの生活の中で、これほどの自由さと新しさを獲得した作品を生み出せることが彼の最大の才能なのだと思います。

「この曲愛らしさ、和やかさは切ない思いがします」とは僕も同感です。

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