ウゴルスキ ベートーヴェン 6つのバガテル作品126(1991.7録音)ほか

長年の愛聴盤を再びひもとく。
アナトール・ウゴルスキのベートーヴェン。独自の解析と、異様な(?)テンポ感で、初めて聴いたときから度肝を抜かれた。これほど魂までを浄化する演奏がほかにあろうか。あらためて聴いて、僕のその思いはやはり変わらない。中でも、いくつかのバガテル。

ついに1823年3月19日、ルドルフ大公への献呈を迎える。その前後からシンフォニー第9番(Op.125)への本格的な取組みが始まって、1824年2月まで脇目を振らない作業となる。その上演準備をするかたわら、そして上演成功の余韻のなかで、再び「パンのための仕事」、6ピアノ・バガテル(Op.126)の作曲が6月まで続いた。まったく新しい仕事、弦楽四重奏曲連作への取組みは並行して5月に始まる(Op.127)。それからしばらくしてディアベッリは8月7日に「私は、4手大ソナタヘ長調をあなたの手から頂くことを確かに見積もれますでしょうか・・・(中略)それを得ることは年内にと見積もれるでしょうか。同時にその価格を知りたい」と催促した。
大崎滋生著「ベートーヴェン像再構築3」(春秋社)P983

この時点で、ベートーヴェンは4手ソナタの作曲を目論んでいたが、結局それは叶わなかった。それにしてもミサ曲や交響曲第9番と並行して、小さいながら巨大なピアノ曲がこうも立て続けに生み出されている奇蹟に驚嘆の念を禁じ得ない(しかもそのあとに続くのがいくつもの革新的傑作弦楽四重奏曲なのだから)。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111(1992.1録音)
・6つのバガテル作品126(1991.7録音)
・バガテルイ短調WoO59「エリーゼのために」(1991.7録音)
・ロンド・ア・カプリッチョト長調作品129「失われた小銭への怒り」(1992.1録音)
アナトール・ウゴルスキ(ピアノ)

残念ながら僕はウゴルスキの実演を聴いていない(聴いた人の論評を見ると賛否両論の嵐)。
だからこそいい加減なことは書けないのだけれど、録音で聴く限りにおいて彼の演奏はいずれもずば抜けている。遅いテンポでありながら生きた律動、蠢く生命力に感動し、そして、音楽のフレーズごとの心象風景の見事な移り変わりに感激するのである(何より名曲「エリーゼのために」!)。
6つのバガテル作品126は、激性と静寂が相まった名演奏。第1曲アンダンテ・コン・モートの、ハ短調ソナタ第2楽章アリエッタに勝るとも劣らぬ可憐な透明さ、また第2曲アレグロの輪舞と、続く第3曲アンダンテの、丁寧に思いを込めて歌われる旋律の美しさに胸が高鳴る(なんと柔らかい音!)。(ロンド・ア・カプリッチョの音調に通ずる)第4曲プレストの弾ける歓び、対比的な第5曲クワジ・アレグレットの静かな喜び。
終曲は、中間部アンダンテ・アマービレ・エ・コン・モートがことのほかきれいだ。

ちなみに、ソナタハ短調作品111第2楽章アリエッタ(27分近くを要する)の純度の高さはほかのピアニストでは決して味わえないもの。

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2 COMMENTS

桜成 裕子

失礼します。このCDを聴きました。32番ソナタのテンポを味わうにはよほどの胆力が必要であることを痛感。恐れ入りました。6つのバガテルは、やはりベートーヴェンの魂が地上から離れてしまった感がことさら強く感じられる透明感です。驚きの「エリーゼのために」。この曲がテレーゼ・マルファッティの遺品に、「ベートーヴェンの思い出に」という言葉入りの生楽譜で残されていた作品であることを、初めて知りました(大崎滋生「ベートーヴェン像再構築1 P228)。ベートーヴェンが彼女との結婚を期して洗礼書を取り寄せたこと、「あなたと結婚できなくても私はあなたの幸せを祈ることには人後に落ちません」と手紙に書き送ったこと等を考え合わせると、ベートーヴェンのこのプライベートな贈呈はうなづけることです。このことを知ったあとで聴くウゴルスキ―の「エリーゼのために」は、本当に密やかで、優しく、哀しく、祈りに満ちているように感じます。特に三連符で駆け上がり半音階で下降する劇的な部分を、私は今までフォルテであるかのように感じてきましたが、ウゴルスキ―の翅のような柔らかな演奏を聴いて改めて楽譜を見ると、ピアニッシモからクレッシェンド記号があるだけでメゾフォルテですらないことに気がつきました。本当に密やかなプライベートな曲であることを痛感すると共に、「エリーゼのために」という曲の特異さがどこから来るのかぼんやりとわかったような気がしました。私としては本当に貴重な機会をいただき、ありがとうございました。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

ありがとうございます。このアルバムは僕の愛聴盤の一つでして、作品111、作品126もさることながら、おっしゃるように「エリーゼのために」の、真に嫋やかでまた意味深い演奏に、初めて聴いたときからぞっこんのものでした。ウゴルスキは今はもはや来日は望めないと思いますが、一度は実演を聴いてみたかったピアニストの一人です(彼の実演に関しては賛否両論なので多少不安でもありますが(笑))。
「ディアベリ変奏曲」がまた素晴らしい演奏ですので、聴いてみてください。
https://classic.opus-3.net/blog/?p=21709

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