シェリング ドラティ指揮ロンドン響 ハチャトゥリアン ヴァイオリン協奏曲(1964.7録音)

1941年のスターリン賞第2位作品。
国家に迎合し、独裁者がお気に召す作品をいかに創造するか、何とも滑稽な、恐ろしい時代である。

外国排撃キャンペーンで滑稽なのはスターリンが世界で定説になっていた文明の利器や学問の発明者、発見者の大半を全てロシア人にすり替える歴史の歪曲を堂々と国民に押し付けたことだ。例えばこうだ。
「蒸気機関車の発明者は英国人のスティーブンソンではなくロシアの技術者、チェレパーノフ兄弟。遺伝学の基礎を築いたのはオーストリア人のメンデルではなくロシアの植物育種家、ミチューリン。『質量保存の法則』の発見者はフランス人のラボアジエではなくロシアの科学者、ロモノーソフ・・・」
さすがにあきれたモスクワっ子たちの間では「レントゲン(X線=発見者のドイツの物理学者の名前)の発見者は、全て国民の胸中がお見通しだったイワン雷帝(16世紀のモスクワ大公でスターリンが愛した絶対君主)じゃないか」といったアネクドート(小話)がはやった。(『スターリン/権力と芸術』)

産経新聞・斎藤勉「スターリン秘録」(産経新聞社)P219-220

隔離された世界の中では常識というものが捻じ曲げられてしまう。
というよりそもそも常識そのものは人間が作り出した虚構に過ぎないということを忘れてはならない。芸術の世界でも、当時のソヴィエト連邦で起こっていたことは実に幼稚だ。

スターリンはその1ヶ月後の2月10日、周到に練り上げた党中央委決議を発表、ムラデリの音楽を「反芸術的」と断罪、『偉大な友好』の上演を禁じたばかりか、ソ連を代表する世界的な作曲家、ドミトリー・ショスタコービッチ、セルゲイ・プロコフィエフ、アラム・ハチャトゥリアンらを引き合いに出し、その音楽を「フォルマリズム(形式主義)的でソ連国民の趣向に合致していない」と厳しく批判したのである。
ソ連文学界への攻撃で狼煙を上げた戦後の文化・芸術抑圧路線「ジダーノフ批判」が音楽界にも波及した瞬間だった。

~同上書P217

ハチャトゥリアン本人が体制を意識して書いたものかどうか、僕は知らない。
本人の意図はどうあれ、かのヴァイオリン協奏曲はどこか垢抜けない土俗的な音調に満ちた、抜け目のない、懐かしい音楽だ。シェリングの演奏にも思念がこもる。ただし、この演奏には問題がある。第2楽章や第3楽章において大幅なカットがあることだ(作品を本人の承諾なく勝手にカットを施したり、改訂することに関しハチャトゥリアンは後に警告を送っている)。

どうも私の知らないところで、ずい分あちこちカットをして演奏する人がいるようですが、そんなことは、私が死んでからやってもらいたいものです。なぜなら、私はこの曲にひとつも無駄な小節や、不必要な音は書いていないと信じているのですから。
黒沼ユリ子著「アジタート・マ・ノン・トロッポ」(未來社)P221

果たしてシェリングは何を思って改変を加えたのかどうか(カットの詳細はこちらのブログ記事に詳しい)。

・ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団(1964.7録音)

民族的な響きは、エキゾチックな音調を醸すシェリングの得意技。ほとんど即興のように奏されるカデンツァも、あるいは楽曲中の独奏パートも完璧に自分のものにしているだろうところがすごい。

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