ウィリアム・バード生誕480年(?)、そして没後400年の年。
英国国教会と対立したバードの作品は、いつもどこか切ない。カトリックへの弾圧を逃れ、密かに書き上げた音楽には、どうにもやるせない、鬱積した思念が蔓延るのだ。
いつの時代も魂は自由であることを忘れてはなるまい。信じるものは何であっても良い。神や仏は自身の中にあることを知ることが大切だ。
自己愛という罪が わが眼に わが魂に
わが肉体のあらゆる部分にとりついている
しかも この罪には矯正する術がない
私の心に深く根をおろしているからだ。
(ソネット62番自己愛)
~関口篤訳編「シェイクスピア詩集」(思潮社)P31
自らを受け入れ、愛することは大切だ。しかし、自惚れてはだめだ。
いつどんなときも謙虚であれ。
ロンドン、ハムステッドはロスリン・ヒル教会での録音。
いつぞやにも書いたけれど、バードの音楽には言葉にならない哀しみが宿る。
そのとき、僕は「信仰のズレから生じる落胆と哀しみ」とした。我ながら上手い表現だと思う。