ファウスト アバド指揮オーケストラ・モーツァルト ベルク ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」(2010.11録音)

アルバンは自分が望んだああした境界線のなかで詩的な情熱を持ち続けるために、口実を考えました。自分で困難な状況をつくって、そうすることによって自分の必要とするロマンティシズムをつくりだしたのです。
(ヘレーネ・ベルクのアルマ・マーラー=ウェルフェル宛書簡)
アレックス・ロス著/柿沼敏江訳「20世紀を語る音楽1」(みすず書房)P219

アルバン・ベルクの背徳は妻にはわかっていたことだが、それゆえにこそ彼が浪漫を生み出せたことを彼女は知っていた。
アルバン・ベルクの遺作、ヴァイオリン協奏曲。

1935年当時、委嘱を受け、歌劇「ルル」の中断をしてまでもその作曲に取り組み、結果的に短期間で書き上げられた音楽には、標題通り、可愛がっていたアルマ・マーラーとヴァルター・グロピウスの間に生れ、18歳で夭折したマノンの影響が大いにある。初演の指揮を受け持つ予定だったアントン・ヴェーベルンが、あまりの思い入れにリハーサル中に指揮を断念せざるを得なくなった事情や、歌劇「ヴォツェック」の(本人にとって予想外の)成功にまつわる師であるアルノルト・シェーンベルクとの(ある意味)確執など、新ウィーン楽派の面々にまつわるエピソードには興味深いものがある。

シェーンベルクの方はといえば、嫉妬を感じていた。「シェーンベルクはベルクの成功を羨み、ベルクはシェーンベルクの失敗を羨んだ」とアドルノは見ている。
ベルクは従順に一二音音楽を採用したが、その使い方は少なくとも奇妙だった。アドルノへの手紙では臆面もなく、シェーンベルクの方法でいちばん興味があるのは、新しい種類の調性を引き出す能力であることを明らかにしている。

~同上書P218

師弟関係とはいえ、天才同士とはいえ思考や感情が動くのは人の常。
いずれの作品群もそれぞれにそれぞれの個性があり、優劣は付け難い。

Cantata BWV60 5.Choral “Es ist genug”

一二音音楽はある意味で、ベルクに両方の世界の最良のものを与えた。規則に従わない精神に規律を与え、それと同時に、禁じられた快楽の持ち込みを許す。このゲームはヴァイオリン協奏曲で頂点に達した。ベルクはこの曲をアルマ・マーラーとヴァルター・グロピウスの娘マノンを追悼して、1935年の夏に書いた。主要な音列はいつものように調的なものを暗示するだけでなく、過去の音楽—バッハのコラール〈たくさんです ”Es ist genug”〉の最初の数音—を生きた断片として提示する。曲の締めくくりは曖昧な変ロ長調で、ヴァイオリンは高いト音にまで舞い上がり、ハープは共感するように弦をかき鳴らす。それはまさにドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》の最初の和音のように響く。
~同上書P218-219

ちなみに、バッハのコラールの引用については意図的なものではないらしい。作曲途中にベルク自身がメロディの相似性に気がつき、しかもそのコラールの内容が「満ちたれり、主よ、もし御心ならば、私を解放してください。わたしのイエスが来る。さようならこの世よ」というものだったというのだからこれぞ天の配剤以外なにものでもないだろう。

Debussy : Prélude à l’après-midi d’un faune

この、難解ながら官能的な音楽には数多の名演奏があるが、昨今の僕の一押しは、イザベル・ファウストが独奏を務めるもの。
冒頭から神秘的なものであり、浮き立つような快楽性をもちながら沈潜する聖なる祈りに満ちる音楽。文字通り聖俗併せ持つ、ベルクらしい、彼の生きざまそのものを暗示する名曲に感激する。

・ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」
・ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61
イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)
クラウディオ・アバド指揮オーケストラ・モーツァルト(2010.11録音)

ボローニャはマンゾーニ劇場コンサートホールでの録音。第1楽章アンダンテ—アレグレットは、立ち上がりから意味深な音。神秘的と先述したが、意味深と俗っぽく表現した方が正しいかも。進行とともに熱を帯び、第2楽章はアレグロ冒頭から激しいパッションに包まれる。そのパッションは徐々にいわゆる情熱的なものから受難的なものに移行し、ついにはアダージョの祈りに収斂されていく。聖俗混淆、その様子をファウストとアバドは見事な協同作業で形にしていく。何という生命力だろう。

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