チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」から第3幕「聖金曜日の奇蹟」(1993.1&2Live)

カール・スネソン著「ヴァーグナーとインドの精神世界」(法政大学出版局)。
この本はリヒャルト・ワーグナーの真意、というより巨匠の6万年来の真の願望が具に研究されており、実に面白い。意識を超え霊性が求めるものを巨匠はわかっていたのだろうが、残念ながら生まれた時期が早過ぎたようだ。「弥勒の世」を待てと偉大なる何かの言葉をキャッチし、「パルジファル」を掉尾とする人生をかけての悟りを求めての、舞台綜合芸術への道が開かれたのだと僕は思う。

だが、『パルジファル』の各幕のうちで、インド的モティーフの影響がもっともはっきりと感じ取れるのは疑いもなく第2幕であろう。この幕は、かなり拡大解釈された形ではあるにしても、仏陀の伝記にもとづいて構想されているのである。
カール・スネソン著/吉水千鶴子訳「ヴァーグナーとインドの精神世界」(法政大学出版局)P130

僕は数年前まで第2幕のこの重要性に気づかなかった。
(ワーグナーの場合、どの楽劇も凡そ中間幕が重要な意味を持つ)

クンドリーが聖杯への奉仕とクリングゾルへの奉仕という二つの務めの狭間にあるときの意識の混濁状態は、インドの深い眠り(スシュプティ)に比することができよう。これは夢をともなった眠りよりも深い昏睡状態で、インドの文献ではアートマンが物質的拘束から偶然に解放された状態として描かれている。つまり輪廻からの完全な解放であるモークシャ(解脱)を予感させるものである。クンドリーがこの混濁状態にあるとき、彼女は同じようにある意味では完全に、善悪の領域に二分されたこの物質世界の外にいる。『パルジファル』の他のどの登場人物にもまして輪廻転生の法則に身を委ねているクンドリーは、作品全体を貫く二つの力、すなわち希求と救済の具現者でもある。この二つの概念は仏教のトリシュナー(生への渇き[渇愛])あるいはウパーダーナ(生存への執着)、そしてモクシャ(生存からの解脱)にも比べられよう。希求と愛欲に駆り立てられながらも、彼女は同時に救済への憧れにとり憑かれている。
~同上書P143-144

見事な読みだと思う。
それにしてもカール・スネソンは10代で糖尿病を発病し、30代ではすでに失明していたというのだからその業の深さといったら・・・(インド諸語に通じていた彼のこの本も失明後に書かれたものだというのが興味深い)。
あらためて「パルジファル」第2幕の重要性を思う。

そうして、いよいよ「パルジファル」の核心たる第3幕「聖金曜日の奇蹟」に及ぶのである。

ここでも再びキリスト教と仏教の理念が融合している。苦悩が共苦と知へとパルジファルを導き、この二つの特性によって彼は新しい聖杯王となり、聖杯を開帳するにふさわしい者となったのである。
パルジファルの核心は第3幕の「聖金曜日の奇蹟」と名づけられる場面にある。この場面には、ヴァーグナーの才能がいかんなく発揮されている。彼は、ヴォルフラムにおけるエピソードを発展させ、膨らませ、それにキリスト教とインドの視点からの意味づけを同時に与えた。

~同上書P151

「聖金曜日の奇蹟」はワーグナーの音楽の中で最も重要なものの一つだ。

救済された人間の事跡は自然の中のいたるところに認めることができる。彼はもはや自然を傷つけることはできない(「今日は人間の足に踏みにじられることはない」)。
~同上書P153

おそらく「パルジファル」の真髄を真に音化できたのはヘルベルト・ケーゲルその人であったのではないかと今僕は思う。逆説的だが、スネソンが解釈するような深度まで至らず、どちらかというと官能の色に染めようとしたチェリビダッケの、あくまで管弦楽曲として切り取った音楽は、名演奏だけれど、「神聖」はない(逆に楽劇「トリスタンとイゾルデ」~の第1幕前奏曲と「イゾルデの愛の死」の見事さ!)。

だけど、それがまた人間的で美しいのである。

・ワーグナー:舞台神聖祭典劇「パルジファル」から第3幕「聖金曜日の奇蹟」
セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(1993.1.31&2.1, 3, 4Live)

おそらくミュンヘン・フィルとの連日開催された定期演奏会から編集したものだろう(会場はガスタイク・ホール)。いかにも繊細で大掛かりな、巨大な音楽はワーグナーに相応しいものだ。14分超に及ぶ夢見る「聖金曜日」は、ずっとそこに浸っていたいと思わせる「ゆりかご」のようなゆらぎに満ちている(この美しさ、崇高さは決して言葉にならないものだ)。
聴衆の静かな拍手を聴いて、チェリビダッケのいかにも満足だという笑みが思い浮かぶ。

過去記事(2019年5月9日)
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