
私は時どき、映画の仕事をやめたことを悔むことがある。自然にそういう気が湧いてくるが、それはすぐ消えてしまう。もっといっしょに仕事を続けてみたいといちばん思うのは、カメラマンのスヴェン・ニイクヴィストだ。それはたぶん、私たちはふたりとも光の問題にすっかり魅了されていたからである。やわらかい光、あやしげな光、夢みるような光、生き生きとした光、死んだ光、明るい光、ぼんやりした光、暑い光、激しい光、冷たい光、突然の光、暗い光、春のような光、さし込む光、外にもれる光、まっすぐな光、斜光、肉感的な光、押さえつけるような光。偏光、毒のある光、心やすらぐような光、晴れ晴れとした光。光。
~イングマール・ベルイマン/木原武一訳「ベルイマン自伝」(新潮社)P252
ベルイマンが執拗に闇を描こうとするのは、光を体感したいからなのだろうと思った。
陰陽はバランスの中にあり、切っても切れない関係にある。僕たちはそもそも光という存在だというが、「光の問題」は本当に奥深い。
かつてイングマール・ベルイマンの映画に凝っていた。
若き日の僕はわかったようなふりをして悦に浸っていたが、タルコフスキー同様、その世界を真に享受するには年齢が至っていなかったと今思う。
『叫びとささやき』の完成にはしばらく時間がかかった。サウンドトラックと現像は、時間と費用のかかる仕事だった。その結果を待たずに、私たちは『ある結婚の風景』にとりかかった。この仕事はいわば遊び半分で進められた。撮影の最中に、私の弁護士から電話がかかってきて、1ヶ月以内に資金がなくなると言った。私はスカンジナヴィア諸国へのテレビ放映権をスウェーデンのテレビ局に売り、この6時間のテレビ映画をなんとか仕上げた。
『叫びとささやき』のためにアメリカの映画配給会社を見つけようとしたが、なかなかうまくいかなかった。私のハリウッドのエージェントであるベテランのポール・コーナーが奔走してくれたが、引きあいはなかった。ある大手の配給会社の担当者はこの映画を観てコーナーに、「なんてひどい映画を持ってきたんだ」とどなった。結局、ホラー映画とポルノ映画が専門の、ある小さな配給会社が引きうけ、ビスコンティの映画の完成が遅れたために空きのできた、ニューヨークのあるロードショー映画館でクリスマスの2日前、『叫びとささやき』の世界初公開となった。
~同上書P252
ベルイマンも時代のはるか先を行く映画監督だった。
否、というより物質万能主義たる20世紀において爆発的に売れる見込みのない作品はすべて屑と認定されたのだった。
ようやく心の時代に入った現代であるがゆえ、これらの天才の作品たちは遂に受け入れられるようになってきたのだろうと思う(まだ早いか?!)。
それに、ベルイマン映画は、いずれもが彼の心象風景であった。本人にも何がそうさせたか、なぜそうなったのか説明できないくらい、無意識の結果なのである(そのことは実際にベルイマン自身が語っている)。
物語の背景を彩る装置は(時代を特定する必要はないが1880年か90年ごろを反映して、衣装も家具も洗練とともに官能性を暗示するものでなければならぬが、同時に)決してそれ自体が目立ってはならず、演技の枠を形成するためによく適応し、ひかえめでいて実在感があり、しかも注意をひくようではいけないのである。しかしただ一つ特異な点は、室内は色調はさまざまでもすべて赤で占められていることだ。なぜそうなのか私に聞かないでほしい。私にもわからないのだ。私自身、その理由を見つけようとしてみたが、どうも多少なり滑稽なものしか考えつけなかった。その中で一番ぼんたりしているが一番もっともらしいのは、これは人の内面にかかわる現象だからということであった。つまり幼年時代の私は。赤い色調の湿った膜に似た魂の内側という形でいつでも表現できたからである。
~三木宮彦著「ベルイマンを読む」(フィルムアート社)P250-251
さらに、ベルイマンは続ける。
イングリットと私は11月に結婚し。砂糖菓子のように美しいカルラ広場の家に引越していた。ここは、以前アグスト・ストリンドベルイがハリエット・ボッセといっしょに住んでいた赤い家が建っていた場所だった。最初の夜、床下からきこえてくるかすかなピアノの音で目をさました。それはシューマンの『飛翔』という曲で、ストリンドベルイの好きな曲だった。歓迎の挨拶のつもりなのだろうか?
~イングマール・ベルイマン/木原武一訳「ベルイマン自伝」(新潮社)P252-253
なるほど。ロベルト・シューマンとは・・・。
光と闇の化身たるシューマンの音楽は、その内なる魔性によって人々の耳を魅了する。
(シューマンの思考はあくまで外を向いているのだと僕は思う)
(それゆえに刺激を受けるのはあくまで「耳」なのである)
シューマン:
・幻想曲作品17
・幻想小曲集作品12
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)(1976録音)
ヴィルヘルム・バックハウス最後のリサイタルでの「夕べに」に感極まったのは45年も前のこと。そこから「幻想小曲集」にはまり、アルゲリッチのこの演奏に行き着いたのは、それから10年ほど後のことだったろうか。
この激しくも、まさに「飛翔」という名が相応しい演奏は、すべてを冠絶する。
本来ソナタとなるはずだった幻想曲もアルゲリッチの手にかかると何と浪漫豊かな、人間業を超えた音楽に変貌することか。唯一無二。
午前4時30分に・・・

