
スタジオでのフルトヴェングラーとライヴでのフルトヴェングラーは明らかに熱量が違う。
(主観的と客観的にという言葉の対比で表していいのかどうかわからないが、そもそも表現のスタイルが違う)
しかし、音楽の本質という観点からいうと、大人しい、スタジオでのフルトヴェングラーの音楽は一層客観的で普遍的だ。要は、その両方を手もとに置くべきだと僕は思う。
典型的な例は、ウィーン・フィルとの1952年のEMI録音と1944年の戦時中ライヴ録音の比較だけれど、より一層個人的にその対比が興味をそそるのが、歌劇「フィデリオ」の、1953年の(台詞がカットされた)EMI録音と1950年(あるいは48年)のザルツブルク音楽祭ライヴだ。
最初から最後までまったく様相の異なる演奏だけに良し悪しの判断が不可能な、その意味では甲乙つけ難い、両方を備えておくべき音盤であるに違いない。
フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン「フィデリオ」(1948.8.3Live)を聴いて思ふ
フルトヴェングラーの「フィデリオ」(1953年盤)を聴きながら・・・ フルトヴェングラーは「魔笛」と併せ、「フィデリオ」をことのほか愛した。
いずれにしろ小さい序曲をオペラ全体の「正当な」序曲とみなすことには反対だ、と答えざるをえない。小序曲は「大」序曲とは違って内容的にも主題的にも本来の『レオノーレ』=『フィデーリオ』歌劇とはまったく無関係であり、第一場のための序奏を果たしているにすぎない。ところで小市民的なビーダーマイヤー世界を取り入れた現在の第一場は、あくまでも1814年のベートーヴェンの作品であり、彼は当時この改作によって、ひたすら彼のオペラを同時代人たちに分かりやすくすることを意図していたのである。その大きな功績は否定しがたいが、改作はこの点において時代の舞台趣味への譲歩を示すものだと言えよう。しかも、それはベートーヴェン自身が以前に構想していた作品を犠牲にするものであり、ここでは改作者ベートーヴェンが芸術家ベートーヴェンに対立したのである。
「『フィデーリオ』の序曲」(1842年)
~フルトヴェングラー/芦津丈夫訳「音と言葉」(白水社)P185
フルトヴェングラーのこの分析は実に的を射ていて、さすがだといえる。
そして、問題の解決策として彼が讃美を送るのは、グスタフ・マーラーがウィーンの宮廷歌劇場で実施した方法だった。(それは今でも上演にあたり慣行として行われている方法だ)
歌劇「レオノーレ」と歌劇「フィデリオ」にまつわる問題の根っこは深い。
フルトヴェングラーがこの論文において結論づけるのは以下だ。
要するに問題は、私たちにとって文献学的な忠実さのほうが精神よりもたいせつなのか、「改作者」ベートーヴェン、すなわち1814年のベートーヴェンおよび彼の当時の助言者たちに対する義務のほうが、未来を指し示し、今日もなお生きる偉大な芸術家に対する義務よりも重大なのかということに尽きる。私たちは歴史的な、博物館用の視点を、私たち自身の生命よりも真剣に受け取るべきだというのであろうか。
~同上書P187-188
果たしてフルトヴェングラーに歌劇「レオノーレ」を復活蘇演する意思はなかったのだろうか(出版が1905年だから、復活上演は可能だったと思うが)。
音楽の安定感たるや、並大抵でない。
死の前年の、すべてが整った形の、孤高のベートーヴェン。
第1幕フィナーレの崇高さを聴け。囚人の合唱「おお、何とうれしいことだ!」から言葉にならない「精神」が見事に音化される。
あるいは、第2幕序奏から第1場フロレスタンのアリア「ああ! 何と暗い所だろう!」での枯れた味わいは、枯淡のフルトヴェングラーの影響だろうか。ここでのヴィントガッセンは無為にして自然な状態で歌唱を披露する(実に健康的な歌だ)。
歌劇「フィデリオ」におけるフルトヴェングラーの序曲については、「フィデリオ」も「レオノーレ」も上等だ。物語についても、また歌手についても申し分のない布陣だが、僕はやっぱりフルトヴェングラーが指揮する「レオノーレ」を聴いてみたかった。それこそ芸術家ベートーヴェンの本懐たる舞台をフルトヴェングラーがどう解釈したのか、聴いてみたかった。

