
初夏にウィンナ・ワルツ。
明朗で軽快なリズムに乗って、瞑想する。
動の中の静とは、こういうことを言うのだろうか。
フリッチャイのウィンナ・ワルツは、独墺系正統派。そして、推進力に富む。
(実に硬派だ)
特に病に倒れる前のフリッチャイの指揮は、筋肉質で、生命力に富む、果敢なものだった。
その特長はこのウィンナ・ワルツ集にも現れている。
小細工はなくとも、音楽そのものの流れに合わせて見得を切る、彼の方法はあくまで自然体。そしてそれがまた聴く者に愉悦をもたらすのである。
弱冠14歳でブダペスト音楽院に入学したフリッチャイは、与えられた環境の中で結果的に英才教育を受けることになる。
ゾルターン・コダーイの作曲の授業、レオ・ヴァイネルの室内楽の授業、あるいはバルトークのピアノの授業などで音楽の本質を学んだようだ。
ブダペスト音楽院には、2つのコンサートホールがあるが、一つは舞踏会用ホールで、もう一つはいわゆる音楽院ホールである。たいていのオーケストラ演奏会はこの2つのホールで行われたので、毎日のように午前中には著名な指揮者によるリハーサルがあった。メンゲルベルクが来たかと思えば次はワインガルトナー、クライバーの次にはシューリヒト、フルトヴェングラーに続きクレンペラーやブルーノ・ワルターといった具合だ。妨げるものは誰もいない。2階のオルガン席に忍び込みリハーサルを聴く、このことは私たちの人生においてこの上ない宝物となった。
~フェレンツ・フリッチャイ著/フリードリヒ・ヘルツフェルト編/野口剛夫(訳・編)「伝説の指揮者 フェレンツ・フリッチャイ 自伝・音楽論・讃辞・記録・写真」(アルファベータブックス)P18
何とも羨ましい限り。この人は指揮者になるべくしてなったのだと思う。人は環境によって作られるのだ。
いずれもベルリンは、イエス・キリスト教会でのセッション録音。
RIAS響との録音は、74年前のちょうど今頃の時期に収録されたものが中心だ。
最晩年の再録盤とは趣が異なる、果敢なフリッチャイの棒。
「こうもり」序曲の勢いは、同じ頃のクレメンス・クラウスの演奏に引けを取らない熱を帯びる。
そして、同年の今日、収録された「春の声」が躍動感に溢れ、また素晴らしい。
さらに、颯爽と、優雅な「朝の新聞」は、アンネン・ポルカと併せ、切れ味鋭く、とても魅力的。
