
些かシンフォニックな響きに偏るのだが、これこそプッチーニの管弦楽の素晴らしさを示すものだと僕は思う。もちろん「歌」は素敵だ。しかし、これは長大な交響曲の3つの楽章を聴くが如くの重厚さを持つ。
果たしてようやく80年代になってカラヤンが、いまだ舞台にかけたことのない「トゥーランドット」を録音したのにはどんな意味があったのか。
あくまでのカラヤン王国の維持であり、帝王としてのプライドをかけたウィーン・フィルとの録音だったのか。当時、すでに手兵ベルリン・フィルとの間にはすきま風が吹いていたのである。楽団員は金儲け主義に走り、オーケストラから派生したアンサンブルをスピンアウトさせる。
その中でも特にカラヤンにとって目障りだったのは、オーケストラが拡大したのにしたがって、メンバーによる室内楽規模の編成の合奏団ができたことだ。この合奏団はカラヤン抜きで、特に首席指揮者がおろそかにしたレパートリーを—たとえば、バッハ、ハイドン、モーツァルトのような作品を—取り上げるようになった。特にこれらの合奏団は、少なくとも時々は芸術的に、カラヤンの支配下から逃れたいという理由で結成されたこともある。その様な活動は目新しいことではなかったが、カラヤンは絶対に歯止めが必要だと考えるようになる。すでにザルツブルク復活祭音楽祭の際に、彼らは相次いで「室内楽特別演奏会」を開いていた。そこで、インテンダント、理事、評議員は、1981年6月に、すべての副業はオーケストラ理事に申請し、インテンダントの許可を得ること、という「業務規約」を発表する。
楽団員の一人が休日に金魚の餌をやろうが、カルテットで演奏しようが、法的に見てたいした違いはないし、音楽的に見れば室内楽の活動は望ましく、合奏は練習にもなる。カラヤン本人こそ、あらゆる個人的な副業のためにオーケストラを臆することなく使っているのを忘れている。
~ヘルベルト・ハフナー著/市原和子訳「ベルリン・フィル あるオーケストラの自伝」(春秋社)P310-311
こういう背景があってのことだ。
つまり、かの「トゥーランドット」には、カラヤンの威信をかけた、否、自身の帝王としてのプライドをかけた「我(が)」がおそらく先行していたのかも。
だからこそ、聴く人によっては、この「トゥーランドット」に音楽より指揮者の体臭(独断)を感じさせ、良しとしない批評も現われるのだろうと思う。
しかしながら、僕個人としては、このシンフォニックな、カラヤンの「我(が)」が、見事に表出するこの「トゥーランドット」が面白くて仕方がない。
(音楽の聴き方はそれぞれだ)
冒頭から管弦楽が大袈裟なまでにうなる。
(もちろん下品にはならない)
(オーケストラの踏ん張りこそが、オペラにシンフォニックな音調をもたらし、歌劇というより楽劇という風趣を醸す)
(いかにも独墺色に染められたジャコモ・プッチーニといえよう)
(しかし、晩年のプッチーニがワーグナーの色彩により触発されていった点からはこういう解釈、音楽作りもありなのだと思う)
未完の第3幕以上に物語の重要点を示す第2幕の素晴らしさ。
(終結のオーケストラと合唱の威力に言葉がない)
それに、それまで主にリュウ役を演じていたリッチャレッリをあえてタイトルロールに抜擢したのは、自身の指揮するオーケストラの、というより演出から何もかもを創造する手腕を鼓舞せんがために、一番手を持ってこなかったのではという邪推すらしてしまう。
それにしてもリュウの死の場面が美しい。
自制、自省、トゥーランドット
