トルトゥリエ ロスタル ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン R.シュトラウス 交響詩「ドン・キホーテ」(1973.6録音)ほか

シュトラウスは、物語を音化するのが巧い。
特に、登場人物の性格や心理や、そのあたりを音で描かせたら天下逸品。
「交響詩」というジャンルにおいても、年齢を重ねるごとにますますその手腕は完璧なものになっていった。

この作品には名盤が数多存在する。フルニエのもの、トルトゥリエによるものなど、チェリストの力量が演奏の良し悪しを左右する難曲だけに、古今を代表するチェリストがこぞって録音する。
(個人的にはロストロポーヴィチのものを長年愛聴してきた)

一般の聴衆すら揶揄するシュトラウスの「意地悪」(?)気質は音楽の中でも発揮される。

ヴュルナーによるケルンでの初演の10日後、シュトラウスはフランクフルトでこの曲を指揮した。シュトラウスによれば、羊のように間抜けな聴衆は、自分たちが描かれているとも知らず笑っていた。この作品が1900年にパリで演奏された時、ロマン・ロランはこう書いた。
「聴衆は羊の鳴き声のところで激昂した。自分たちが嘲笑されていると感じ、自分たちにふさわしい敬意が払われていないと感じたからである。『卑劣だ!』という叫びが上がる。だが皮肉で眠たげなシュトラウスは、どうでもよいという顔をしている」

田代櫂著「リヒャルト・シュトラウス—鳴り響く落日」(春秋社)P131-132

いかに傲慢で、不遜な奴だったか。
(生み出す音楽は美しいのにも関わらず)

リヒャルト・シュトラウス:
・騎士道的性格の主題による幻想的変奏曲「ドン・キホーテ」作品35(1897)(1973.6.22-29録音)
ポール・トルトゥリエ(チェロ)
マックス・ロスタル(ヴィオラ)
・クープランのクラヴサン曲による「舞踏組曲」(1923)(1972.12.28-1973.1.5, 1973.6.22-28録音)
ルドルフ・ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン

ドレスデンはルカ教会でのセッション録音。
ケンペのシュトラウス録音は、余分なものなく、不足もなく、音楽そのものを見事にとらえたものばかりだ。「ドン・キホーテ」の主役は言うまでもなくトルトゥリエのチェロだが、ここでの(サンチョ・パンサを表す)ロスタルのヴィオラがまた渋くて粋。
(主君への忠誠心が、謙虚さが深みのある音色で表現される)

序奏
主題(ドン・キホーテ)
主題(サンチョ・パンサ)

それぞれの変奏は、シュトラウスの注釈通り見事に描かれるが、中でも終曲「ドン・キホーテの死」の場面は、深くも愁いを帯びた旋律美がすべてを溶かす(浄化する)ようで、シュトラウス音楽の真髄。いかにもシュトラウスという管弦楽法はいつどこでも健在だ。

終曲「ドン・キホーテの死」

序奏—ドン・キホーテは、騎士のロマンスを読むうちに、理性を失い、自分自身遍歴する騎士になろうと決心する。
主題—愁いに沈む姿の騎士ドン・キホーテ(チェロ)、その従者のサンチョ・パンサ(バス・クラリネット、テノール・テューバ、独奏ヴィオラ)。
第1変奏—美しいドゥルネシアの合図で奇妙な組合せの2人は出発し、風車に冒険を挑む。
第2変奏—アリファンファロン大王の軍隊と勝利の戦闘。
第3変奏—騎士と従者との対話、サンチョの要求、質問、諫言、ドン・キホーテのなだめと慰めと約束。
第4変奏—懺悔者たちの行進との不遜な冒険。
第5変奏—ドン・キホーテの戦争の見張り。遠くはなれたドゥルネシアへ胸中を打ちあける。
第6変奏—百姓娘と会って、サンチョは彼女を主人に、想いこがれるドゥルネシアだと思わせる。
第7変奏—空中を騎行。
第8変奏—だまかされた小舟での予期に反した航行、「船歌」。
第9変奏—騎馬に乗った2人の修道僧を敵と思って、戦いを挑む。
第10変奏—光り輝いた月の騎士との決闘。ドン・キホーテは、大地に打ちのめされ、武器と別れを告げ、羊飼いになると決心をして、故郷に向ってゆく。
終曲—ふたたび正気にもどり、ドン・キホーテは、最後の日々を瞑想のなかですごす。ドン・キホーテの死。

「作曲家別名曲解説ライブラリー⑨ R.シュトラウス」(音楽之友社)

ちなみに、フランソワ・クープランのクラヴサン曲をもとに作曲したオーケストラ曲も、原曲の典雅な響きを損なわず、シュトラウスらしい色彩豊かな音響を示す。

第1曲「入場と荘重な輪舞」

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