アシュケナージ パールマン ハレル ブラームス ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8(1991.4録音)ほか

故郷の彼女ハンナとの純朴な恋。
ウィーンに出て、新たな女性との浮名に翻弄されつつも、名声を得ていくことに奔走する男フランツ。お金も地位も名誉も得、(ハンナとの婚約を一方的に破棄し、結果的に)身元引受人であるホフマン家の令嬢と結婚、幸せな日々を送る中、時々彼は「果たしてこれが本当の自分なのだろうか」と自問する自分があったという。
(人生とはそんなものだ。すべてが仮であることを知らねばならない。そして仮を借りて、真を知ることに気づかねばならない)

彼は高台にある大学の教室を廻り、人気ない研究室で長いことひとり佇んでいた。それから広場のほうへ出てきた。それは激しい風が落葉を巻いて吹きすぎる季節だった。彼はしばらくその風の中に立っていた。すると、そのとき、フランツの胸の中で、何かが音を立てて、外れたような気がした。ちょうど心に何か掛け金のようなものがあって、それが突然外れたような感じがしたのである。
「何ということをしたのだ」と、フランツは思わず叫んだ。彼はそのとき風の中を飛んでゆく帽子をはっきり見たように思ったのだった。「この私としたことが。私は幸福を手にしていた。一生に二度と味わえない輝くような幸福を手にしていた。それを何とあのがさがさした大都会の中で忘れ果てていたとは」
フランツは放心した人のように高台を下りるとハンナの家のある古風な慎ましい下町のほうへ歩いていった。黒ずんだ狭い石だたみも昔のままだった。
ハンナの家に近づくと、かつて初めてその家を訪ねたときと同じように胸が高鳴った。しかしそれは昔のような胸を熱くする高鳴りではなく、不安と恐れに呼び起こされた鼓動だった。

~辻邦生「樂興の時 十二章」(音楽之友社)P54-55

すべては幻想であったのだ。幸せは外にあるのではなく、自身の中にあった。
人は痛い目に会わないと気づけないものなのだろう。

「ああ、フランツさん」老婆は震える声で言った。「一年おそかったですね。ハンナはあなたを待ちつづけて去年亡くなりました」
フランツは壁に掛かっていたハンナの美しい写真を呆然と眺めた。
「フランツさん。ハンナはあなたが必ず戻っていらっしゃると信じておりましたよ。そしてここにいらしたら渡すようにと、残していったものがあります」
老婆は奥の部屋から一冊の本を持ってきた。それはフランツがあの音樂会の夜、ハンナに与えた青い装幀の詩集であった。

~同上書P56

この音樂会では、ブラームスのピアノ三重奏曲第1番ロ長調が演奏されたという。
ブラームスがシューマン家を訪れた1853年から54年にかけて作曲され、1889年に大幅に改訂された傑作を、フランツとハンナはどう聴いたのだろう。
ブラームスの音楽は、失恋や、悲しみや、そういう負の事象を連想させることが多いように思うが、それも聴き手の個々の思い込みであり、勝手な連想だろう。
若き日の活力と、優美な楽想が映える第1稿と、晩年の老練の筆による大改訂を伴う第2稿の、2つの版が楽しめる、いかにもブラームスらしい音調満ちる音楽に僕は心動かされる。

ブラームス:
・ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8(1991.4録音)
・ピアノ三重奏曲第2番ハ長調作品87(1991.2録音)
・ピアノ三重奏曲第3番ハ短調作品101(1991.2録音)
・ピアノ三重奏曲イ長調遺作(1991.4録音)
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)
リン・ハレル(チェロ)

フランツはハンナを思いながら、二人で聴いたこの音楽を思い出していた。
溌剌として甘美な音調は、当時のブラームスの心境を映し出す。

三重奏曲を4楽章構成に拡大したブラームスの挑戦。至極真っ当で、極めて自然体の演奏は、ヨハネス・ブラームスの心の内を明かすかのように赤裸々であり、深く感動させられる。ハレルのチェロが、いかにもブラームスの音楽らしく、重みをもって心に突き刺さる。否、それはアシュケナージのピアノ、またパールマンのヴァイオリンあってのことだ。まさに三位一体の、不滅の演奏と言えるだろう。

アシュケナージ、パールマン&ハレルのブラームス三重奏曲作品101(1991.2録音)を聴いて思ふ アシュケナージ、パールマン&ハレルのブラームス三重奏曲作品101(1991.2録音)を聴いて思ふ

台風迫る秋の日に、ヨハネス・ブラームスの浪漫。

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