バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル マーラー 交響曲第4番(1960.2.1録音)

至福の、安寧の時。
マーラーの交響曲の緩徐楽章、特に、交響曲第4番ト長調のそれは、いつも僕を夢の中に誘ってくれる。世界が茶番であろうと、仮の幻想であろうと、音楽そのものは事実だ、真実だ。
テンポの揺れの激しい第1楽章に、否、全楽章を通じて一貫する若きバーンスタインの情熱を思う。

ちょうどお書きになったものを拝受いたしまして、私の《第4》についての貴重なご議論を嬉しく拝読したところです。これほどまでに理解していただけることをどれほど喜んでいるか、すぐさまお返事いたしたいと存じました。この作品のあなたのご理解は私には新しいもので、なみなみならず啓発されるところがありました。本当に今まで私にはとんと思いつかなかったことをあなたはおっしゃってくださった、と言わざるを得ません。コロンブスの卵のような気が私にはしてまいります。ただひとつ残念に思いましたことですが、作品の理念にとってことのほか重要な主題的関連についてあなたは見過ごされていたのでしょうか? それとも聴衆にたいしては技術的説明は省いた方がよいとお考えになったのでしょうか? いずれにいたしましてもまさにこの点を拙作には探し当てていただきますようお願いいたします。前3楽章はいずれも主題的に、最終楽章と最も密接かつ意味深く連関をなしているのです。
(1911年2月8日付、ゲオルク・ゲーラ―宛)
ヘルタ・ブラウコップフ編/須永恒雄訳「マーラー書簡集」(法政大学出版局)P423-424

死のわずか3ヶ月前のマーラーの手紙には、自らが生み出した作品たちへのただならぬ愛が刻印される。交響曲第4番に一貫する響きは、天国や地獄すらも受け入れようとする大いなる慈しみの心象だ。

バーンスタインは、実に恣意的に作品をドライブする。
第3楽章のクライマックスでの打楽器は幾分喧しいとさえいえる。安息の時間を壊し、魂を現実に引き戻す力がここにはある。

・マーラー:交響曲第4番ト長調
レリ・グリスト(ソプラノ)
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック(1960.2.1録音)

バーンスタインによるマーラー全集の劈頭を飾る1枚は、レリ・グリストの可憐で人間的なソプラノを得て成された代物(晩年にボーイ・ソプラノを起用して果敢に挑戦した録音を明らかに凌駕する)。かつて宇野功芳さんが絶賛していたのにつられ購入したものの、高校生の僕にはどうしてもシュターデを独唱に据えたアバド指揮ウィーン・フィル盤と比較してインパクトが薄かった(アバド盤の自然体なマーラーは今でもイチオシだ)。

ただし、それでもこの録音の第3楽章ポコ・アダージョは絶品中の絶品だ。

たしかにこの交響曲は牧歌的な明るさと美しさに満ちている。しかしその背後に自然の不気味な恐ろしさがひそんでいるのを見落とすわけにはいかない。
(喜多尾道冬)
キーワード事典編集部編 作曲家再発見シリーズ「マーラー」(洋泉社)P150

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