The Beatles “Get Back with Don’t Let Me Down and 12 other songs” (2021)

よく知られた話がある。ビートルズの『ラバー・ソウル』を聴いたブライアン・ウィルソンが『ペット・サウンズ』を作ることを決意。そして『ペット・サウンズ』を聴いたポール・マッカートニーが『サージェント・ペパーズ』を作ることを決意。さらに『サージェント・ペパーズ』を聴いたブライアンは『スマイル』を作るのを途中でやめてしまったのだった。ちなみに、他にもビートルズの《ペイパーバック・ライター》のベースを聴いたブライアンが『ペット・サウンズ』制作のヒントを得た、というエピソードもある。
(藤本国彦「ビーチ・ボーイズに“ジョン・レノン”はいなかった」)
KAWADE夢ムック「ビーチ・ボーイズ」(河出書房新社)P119

互いに影響を与え合うライヴァル関係がある。革新が革新を呼び、さらなる革新に発展して行くときのカタルシス。どちらかが常人の想像不可能な、途轍もない世界に足を踏み入れたとき、世界は変わるか、もしくは世間から見放されることになる。それが時代の一歩先を走る天才の常だ。

ブライアン・ウィルソンのドラッグとアルコールへの沈溺は加速していた。傑作『ペット・サウンズ』の次にとりかかった『スマイル』は、集中力を欠いたブライアンの手に負えない怪物と化し、ついに空中分解の運命を辿る。
中山康樹著「ビーチ・ボーイズのすべて」(枻文庫)P184

すでに崩壊していたブライアン・ウィルソンの精神は上向くことなく、彼は一旦水面下に潜る(天才的創造者のプレッシャーたるや凡人には理解できまい)。

40余年の時を経てリリースされた”The SMiLE Sessions”を初めて聴いたとき、僕は心底感動した。確かにこの「前衛的な?音」は、マルチに楽器を操りながら作曲からプロデュースまで一人でこなしたブライアンの独壇場であり、散漫なところもあるけれど、ビーチ・ボーイズの面々が一体となって音楽に邁進する様が随所に感じられ興味深い。しかしそれは1960年代後半の聴衆の耳には新し過ぎたのかもしれない。伝説が伝説を呼び、幻と言われていたアルバムがついに陽の目を見、世界に受け容れられるまでに数十年という熟成期間を要したということだ。”Our Prayer”から名曲”Good Vibrations”まで一切の無駄なくビーチ・ボーイズが弾ける。

The Beach Boys:The SMiLE Sessions (2011)

Personnel
Al Jardine (lead, harmony and backing vocals, vegetable chomping)
Bruce Johnston (harmony and backing vocals)
Mike Love (lead, harmony and backing vocals, vegetable chomping)
Brian Wilson (lead, harmony and backing vocals; grand piano, harpsichord, tack piano, Baldwin organ, electric harpsichord, Fender bass, temple blocks, tambourine, vegetable chomping)
Carl Wilson (lead, harmony and backing vocals; electric guitar, Fender bass, acoustic guitar, castanet, shaker, vegetable chomping)
Dennis Wilson (lead, harmony and backing vocals, drums, percussion, Hammond organ, xylophone, vegetable chomping)

ところで先般、ビートルズの「レット・イット・ビー」50周年記念盤がリリースされた。中で、当時、グリン・ジョンズがミックスを手掛け、完成しながらも未発表に終わったアルバム「ゲット・バック」が収められている。海賊盤ではすでに定番化している有名なものだけれど、半世紀の時を経て正式にリリースされたアルバムは、やはり未完成の感が拭えない、どこか中途半端な印象を与える代物だが、それでもビートルズが当初想定したほぼ一発録りの生々しくソリッドな音楽を記録するという意味において成功しているように僕は思う(ただし、アルバム全体の印象としては従来の”Let It Be”が明らかにまとまりがあって、上)。

The Beatles:Get Back with Don’t Let Me Down and 12 other songs (2021)

Personnel
George Harrison (lead guitar)
John Lennon (rhythm guitar)
Paul McCartney (bass guitar)
Ringo Starr (drums)

冒頭“One After 909”から疾走感溢れ、トラックの合間に挟み込まれるジャム・セッション風の、リラックス・ムードで交わされる会話などが逆に真に迫り、リハーサルのような”Don’t Let Me Down”も芯から熱が放射され、リアルさという点でアルバム”Let It Be”を凌ぐ。軽快で美しい”Teddy Boy”から”Two of Us”にかけての流れもとても優しい(特に後者はポールもジョンもより脱力の態勢で演奏している様子が見られ、自然体で良い)。
フィル・スペクター色に染まらない”Let It Be”や”The Long and Winding Road”は個人的には何か物足りないけれど、逆に音楽に寂寥感が感じられる分愛おしくなる(ただ、刷り込みももちろんあろうが、やっぱりオリジナルの”Let It Be”に軍配が上がると僕は思う)。

方やスタジオの中で多重のミックスを施したサイケデリックな音、方や「原点回帰」の名の下、バンドそのものの直接的なエネルギーを放射する音。天才たちの挑戦ほど刺激的なものはない。

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The Beach Boys “20/20” (1969) | アレグロ・コン・ブリオ へ返信するコメントをキャンセル

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