オフマン シュライアー マティス ヴァラディ ベーム指揮シュターツカペレ・ドレスデン モーツァルト:歌劇「イドメネオ」(1977.9録音)

おそらく世界にはいくつもそういう人間ドラマは今も昔も現実に存在するだろう父と子の葛藤の物語。モーツァルトの天才を刺激したジョヴァンニ・バッティスタ・ヴァレスコの台本は、後に(同じく葛藤を抱えていた)リヒャルト・シュトラウスの感性をも刺激した

父親イドメネーオと息子イダマンテのあいだの心の葛藤を題材とするこのオペラが、モーツァルトにとっていわば自己の存在を投影させた作品となっているということである。事実モーツァルトは、このオペラの大詰め—父の手で殺されなくてはならないという運命を甘受しようとするイダマンテの自己犠牲によって、葛藤が融和的な解決へと導かれる第3幕—を作曲しながら、父への手紙の中でこう言っている(1781年1月3日付)。

ぼくはもう、頭も手も第3幕のことで一杯で、ぼく自身が第3幕になってしまったとしても不思議はないくらいです。この幕だけで、オペラ全体以上に苦労します。なにしろこの幕は、非常に面白い場面でないところがほとんどひとつもないんですから。・・・

奇しくもちょうど25歳の誕生日に、モーツァルトが自信をもって父レーオポルトに見せることのできたオペラ『イドメネーオ』は、彼にとって成熟と自立の証明であり、さらにまた、少なからぬ衝突や葛藤を経ながらも変わることのなかった、父への愛と帰依の心の表明でもあったのである。
(田辺秀樹「モーツァルト書簡学⑤ 雌伏のザルツブルク 雄飛のミュンヒェン」)
「モーツァルト18世紀への旅第6集『イドメネーオ』へ」(白水社)P45

序曲から全3幕、この大掛かりなオペラ・セリアの、24歳の青年が書いたとは思えぬ(後のオペラ・ブッファをも凌ぐであろう)普遍性とモーツァルトらしい美しさに驚きを隠せない。本人が言うように、天の宣託による慈悲的解決を結論とする第3幕の素晴らしさ。

第3幕ではイダマンテは、間違えば死ぬ覚悟で、自分の手で怪獣を殺そうと決心する。この時点でようやく彼とイリアの気持が通じ合う。彼らの愛の告白は、嫉妬に狂うエーレクトラーの登場によって妨げられる。王は自分の息子に向かって、すぐに島を立つようにいう。怪獣と疫病の2つに悩むクレータの人々は、当然の犠牲を捧げるように王に要求する。イドメネオは、自分の息子に名を明かさざるを得なくなる。高僧が生贄の準備をしていると、イダマンテが怪獣を退治したという知らせが入ってくる。その功とは別に、イダマンテは父の誓いを果たすために、わが身を犠牲にする覚悟でいる。すると、彼に心を捧げているイリアが、身代わりになりたいと申し出る。この難問は天からの託宣によって解決される。天の声はイドメネオが退位し、イダマンテはイリアと結婚し、父に代わって国を治めよと告げる。エーレクトラーは最後の怒りを爆発させたあと、イドメネオは正式に王位を放棄し、イダマンテが人々の喜びのうちに戴冠する。
エドワード・J・デント/石井宏・春日秀道訳「モーツァルトのオペラ」(草思社)P47

第6場第23番レチタティーヴォ「その目を周りにお向けください」、祭司長とのやり取りで、ついにイドメネオが、イダマンテが生贄であることを告白するシーンの深み、続く群衆の第24番合唱「おお、恐ろしき誓いよ!」の暗澹たる、呪いの音調にモーツァルトの天才を思う。それにしてもここでのカール・ベームの思念こもる指揮に言葉がない。

モーツァルト:歌劇「クレタの王イドメネオ」K.366
ヴィエスワフ・オフマン(イドメネオ、テノール)
ペーター・シュライアー(イダマンテ、テノール)
エディット・マティス(イリア、ソプラノ)
ユリア・ヴァラディ(エレットラ、ソプラノ)
ヘルマン・ヴィンクラー(アルバーチェ、テノール)
エーベルハルト・ビュヒナー(祭司長、テノール)
ジークフリート・フォーゲル(託宣の声、バス)
ライプツィヒ放送合唱団(ホルスト・ノイマン指揮)
ヴァルター・タウジヒ(チェンバロ)
カール・ベーム指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1977.9.9-16,11.12-23録音)

ベーム晩年、ドレスデンはルカ教会での録音。
モーツァルトに限らず、多くの人々の人生そのものの縮図のようなドラマが、瑞々しい、変化ある感動の音楽で時々刻々彩られる様子に拝跪する。第10場から最終場にかけての幸福の結末に音楽はいかにも深遠に響き、歓喜の音をあげる。

エレットラによる第29番アリア「オレステとアイアスの苦しみは」での劇的な音楽は、彼女の怒りの心情を見事に表明し、一方、その後に続く第30番イドメネオのレチタティーヴォとアリア「民よ、そなたらに最後の命令を」の安らぎと愛を示す音楽の効果よ。
そして、最後の第31番合唱「降り来たれ、アモール、降り来たれ、ヒュメナイオス」の解放の歓喜は、すでに晩年のモーツァルトの境地にあるようだ。

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[…] 歌劇「イドメネオ」が転回点であるならば、歌劇「後宮からの誘拐」は、物質的のみならず精神的自立を得たモーツァルトの心機一転の作であり、以後、彼はいわゆるザルツブルク時代 […]

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