モーツァルトがロココ風の宮廷音楽から出発し、ベートーヴェンが新興市民階級の主体的な美意識を音楽に吹きこんだとすれば、バッハの音楽はあくまでプロテスタント教会の存在と切りはなすことはできない。たとえケーテン宮廷の世俗性が彼を支えたとしても、プロテスタント教会という、神をあくまで自己との対決において見出す意志的な自己超越の場がバッハの前提になっていたのである。
ということは、バッハの音楽の洗練された官能性も、神への意志をのぞいては考えられない、ということだ。
「バッハのなかに響くもの」
~「辻邦生全集19」(新潮社)P62-63
プロテスタントの賛美歌。旋律の宝庫。
バッハの才能が十全に発揮された最美のオルガン曲集。
この濃淡ある墨絵のような音響の中に埋もれるだけで、身も心も癒される。
3つのヴァースで構成される、8分を要する第6曲「罪なき神の小羊」の敬虔な力。こういう構成こそバッハの天才。
はじめの2つの詩節とも手鍵盤だけで奏される3声部曲で、第1詩節ではソプラノ、第2詩節ではアルトが定旋律声部である。そして、その定旋律が足鍵盤に移ると同時に曲が4声部になるというのが、第3詩節である。
~「作曲家別名曲解説ライブラリー12 J.S.バッハ」(音楽之友社)P215
嗚呼、言葉にならぬ幸福感!
ストラスブールはサン・ピエール・ル・ジュヌ教会のジルヴァーマン・オルガンによる演奏。
雲にも上るような、否、ほとんど天上の調べたる第13曲「いと高きところにまします神にのみ栄光あれ」BWV663の崇高さ!
録音当初はあまりに革新的な奏法で、批判も多かったと聞くが、ヴァルヒャの演奏は唯一無二の荘厳さ。同時に、親しみやすさを併せ持つ。バッハを堪能する喜びがここにある。
ヴァルヒャ J.S.バッハ フーガト短調BWV578(1970.5録音)ほか ヴァルヒャ J.S.バッハ トリオ・ソナタ第2番BWV526(1950録音)ほか ヴァルヒャのバッハ「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」BWV645(1947録音)ほかを聴いて思ふ