ピリス モーツァルト 幻想曲ハ短調K.475(1990.4録音)ほか

神童プーランクは、神童モーツァルトの生まれ変わりだったのかもしれない。

少年プーランクの日記には、こうしてすでに「未来の音楽家」としての視点がよく表れている。
5歳で母にピアノを習い始めた彼は、8歳になると、専門のピアノ教師のレッスンを受けるようになった。先生はムロン嬢といい、作曲家フランクの姪にもピアノを教え、プーランクの記憶では「技術の指導方針がすばらしかった」という。彼女のもとで、少年は毎夕1時間ピアノを練習し、この時期にはすでに、弾くことだけでなく、楽譜を読んで音楽を味わうという楽しみを獲得していた。当時読んで感動した作品の筆頭に彼が挙げているのは、「モーツァルトの幻想曲(ハ短調K.475と考えられている)」で、幼い彼はそこに「ピアノの偉大さと高貴さ」を見出していたという。この頃から、生涯を通じて、モーツァルトは「なくてはならない酸素」(『ロスタンとの対話』)であり続けた。

久野麗「プーランクを探して 20世紀パリの洒脱な巨匠」(春秋社)P10-11

こういうエピソードを知ると、長年聴いてきた楽曲の、また異なる側面を発見でき、絶頂期のモーツァルトが生み出した傑作のひとつとしての幻想曲の素晴らしさが一層浮き彫りになる。

この名曲には、数多の名演奏が存在する。
僕が第一に推すのは、もちろんリリー・クラウスの古い方の全集に収められているものであるが、久しぶりに聴いて、クラウスの、自然体でありながらなんと音楽の本質を射抜いたピアノの音色、あるいは音楽の運びそのものに絶句するくらい、あらためて感動をいただいた。

モーツァルトの幻想曲K.475 モーツァルトの幻想曲K.475

・モーツァルト:幻想曲ハ短調K.475(1785)
リリー・クラウス(ピアノ)(1954.2&3録音)

あるいは、ピリスの演奏するK.475にも、得体の知れない深みを知らしめられ、モーツァルトの当時の秘められた慟哭の思いを教えられるようで、初めて聴いたとき、不思議な感銘を覚えたことを思い出す。

・モーツァルト:幻想曲ハ短調K.475(1785)
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)(1990.4録音)

そして、バックハウスもハイドシェックも最高の瞬間を示してくれるのだが、度肝を抜かれたのがグルダのそれ。

グルダのモーツァルト ピアノ・ソナタK.457, K.570&K.576(1982.11録音)を聴いて思ふ グルダのモーツァルト ピアノ・ソナタK.457, K.570&K.576(1982.11録音)を聴いて思ふ モーツァルト週間1956 バックハウス&ベームのK.595(1956.1.29Live)を聴いて思ふ モーツァルト週間1956 バックハウス&ベームのK.595(1956.1.29Live)を聴いて思ふ 孤高の学者は何のために学ぶのか? 孤高の学者は何のために学ぶのか?

・モーツァルト:幻想曲ハ短調K.475(1785)
フリードリヒ・グルダ(ピアノ)(1982.11録音)

ちなみに、実演で聴いた中で記憶に残るのは、最晩年のプレスラーの来日公演だが、それ以上に未だに忘れられないのがポゴレリッチの2016年の来日公演での演奏。一体、何分かけられた演奏だったか定かでないが、例の、恐るべきテンポ設定で奏でられたモーツァルトに大宇宙の鳴動と小宇宙の鼓動を感じ、永遠を思った。

メナヘム・プレスラー ピアノ・リサイタル メナヘム・プレスラー ピアノ・リサイタル イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル

それにしてもプーランクはわずか8歳だったことを思うと、それこそ彼がかつてモーツァルト本人だった可能性が高い。そんな風に思うのは僕だけだろうか。

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1 COMMENT

タカオカタクヤ

マリア・ジュアオ・ピリシュさんを、『モーツァルト・ピアノソナタ全集』で、レコーディング市場に引き入れましたのは、何を隠そう我が国のDenonレーベルなのですよね。東京都何区かは失念致しましたけれども、イイノ・ホールと言う会場での、セッションだったと思います。
その後、Eratoレーベルと録音され、最後にイエロー・レーベルのDGで、押しも押されぬ一流にお成りに、なりました。
若かりし頃のメータやギトリスを最初に契約なさったアメリカVoxレーベル同様、その慧眼ぶりは、Denonレーベル様も誇ってよろしいかと、存じます。

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