キーシン ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111(2013.7.26Live)

キーシンのベートーヴェンを聴いた。
正直僕はキーシンの優秀な聴き手ではない。
それでも2013年のヴェルビエ音楽祭で披露された作品111は実に素晴らしいと思った。
完璧なテクニックによって奏でられる第1楽章マエストーソ—アレグロ・コン・ブリオ・エト・アパッショナートはむしろ明朗で、陽気な音楽だと思えた。
そして、相当遅いテンポで繰り広げられる第2楽章アリエッタ—アダージョ・モルト・センプリーチェ・エ・カンタービレの清澄さと、そこに刻まれる祈りの念の純粋さに僕は感激した。

1820年の会話帳にベートーヴェンが書いたカントの言葉①と、同席していた音楽美学研究者ヴェーナ(1786-1839)が哲学一般について記した文章②を紹介する。
(ベートーヴェンが書きつけた文は下記の下線部分のみだが、このカントの文章は、非常に有名なのでその前の文章も記載する)


①ここに二つのものがある、それは、我々がそのものを思念すること長くかつしばしばなるにつれて、常にいや増す新たな感嘆と畏敬の念とをもって我々の心を余すところなく充足する、すなわち私の上なる星をちりばめた空と私の内なる道徳的法則である。
②哲学と音楽は生きながらえなければならない。プラトンを読まないといけません、是非とも、私がお持ちしますから。

藤田俊之著「ベートーヴェンが読んだ本」(幻冬舎)P298

エマニュエル・カントは真理がわかっていた。
ベートーヴェンが書き出した箇所を見て僕は膝を打った。
さすがに西洋音楽史上唯一済渡され、楽聖と呼ばれる音楽家だけあると思った。カントの言葉で重要なところは、まさにベートーヴェンが書き出したそこにある。

・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111(1821-22)
エフゲニー・キーシン(ピアノ)(2013.7.26Live)

陰陽2つの楽章を統合させ、音楽史上に燦然と輝くベートーヴェン最後のピアノ・ソナタ!
調性はいわずもがなハ短調!
第1楽章序奏マエストーソからキーシンのきわめて正確な打鍵に感動する。
(単なる技巧ではない、音楽性満点の作品111!)
第2楽章アリエッタの美、続く変奏は各々極めて丁寧に奏され、晩年のベートーヴェンの思いを綴る。

第2変奏あたり、一般的にはもう少し速いテンポで奏されるだろうに、キーシンは実に心を込める。同じく第3変奏(何と32分の12拍子!)も踏み外しなく、センス満点の大らかな音楽であり、ジャジーな弾け具合も絶品。
そして、第4変奏の粋な沈潜はもはや優れた透明感を獲得し、41歳にしてキーシンは聖人になったのではないかと思わせるほど。
さらに第5変奏の可憐な歌のあまりに澄んだ音!
トリラーに始まるコーダの、まるで死をも恐れぬ解脱の境地に言葉がない。

献呈は例によってルドルフ大公。

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