ギャンビル ニールント シュタルマイスター フェルミリオン ルイージ指揮シュターツカペレ・ドレスデン モーツァルト 歌劇「イドメネオ」K.366(R.シュトラウス1931編曲版作品117)(2006.8.25Live)

ドイツ語オペラとして生まれ変わったシュトラウス版「イドメネオ」は、シュトラウスの楽劇さながらの浪漫と重厚さを兼ね備え、「魔笛」に匹敵する感動をもたらしてくれる。

リップ ゼーフリート オラヴェツ グラインドル ルートヴィヒ シュミット=ヴァルター シェフラー フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル モーツァルト 歌劇「魔笛」K.620(1949.7.27Live)

しかも、シュトラウスは編曲にあたりあくまでモーツァルトの原曲に可能な限り忠実であることを主眼にした。もはやこれは、モーツァルト/シュトラウスの合作たる「イドメネオ」だ。

何より僕は、終幕壮大なフィナーレの高貴さに感涙する。
(モーツァルトの古典的な枠組みを完全に飛び越え、シュトラウスの傑作歌劇「影のない女」を彷彿とさせる、官能的で壮大なポリフォニー(多声)が炸裂する)

グールド シュヴァネヴィルムス シュースター コッホ ヘルリッツィウス ウィーン国立歌劇場合唱団 ティーレマン指揮ウィーン・フィル R.シュトラウス 楽劇「影のない女」作品65(クリストフ・ロイ演出)(2011.7.29Live)
第3幕「救いよ!」(イドメネオ)
第3幕フィナーレ「愛は強力な武器を操る」(合唱)

この合唱曲の終わりに近く、人々が退場する頃になって、突然一条の陽光がオーケストラの中にちらと現われ、それに続いて僧侶たちが、抑制された荘厳な行進曲とともに入場する。王がポセイドンへの熱い祈りで儀式を始めると、祭壇の前の聖職者たちが、耳なれない単調な聖歌を歌って答える。おそらくこの場面のことは、後年モーツァルトが《魔笛》を作曲する時も、鮮明に覚えていたにちがいない。
トランペットが突然吹き鳴らされ、人々の叫び声が外のほうから聞こえてくる。王子が怪獣を殺し、人々がこの救世主を歓呼で迎えているのだ。だがイドメネオの憂鬱は深まるばかりである。なぜなら、怪獣を殺したことにより、さらに冒瀆の罪が加わるからである。

~エドワード・J・デント/石井宏・春日秀道訳「モーツァルトのオペラ」(草思社)P76-77

音楽的にも内容的にも「イドメネオ」のクライマックスたるこのパートは、モーツァルトの本性の発露であり、世界に平和をもたらすヒントが刻まれている。そして、もう一つ、モーツァルトには執着がなかった。あくまで無心で、無我で、無為で創作に向き合っていたのである。

1781年の1月18日、彼は父宛の手紙にこう書いている。

第3幕のリハーサルは、素晴らしくうまくいきました。皆がこれまでの2つの幕よりずっと良いと言ってくれます。ただ、台本があまりに長すぎるので、結果として音楽も長くなってしまうのは、私が初めから言っていたとおりです。だからイダマンテのアリアも、削除しなければなりません。いずれにせよ、この場にはふさわしくないのです。けれど、一度音楽を聴いた人たちは、削除に対して文句を言います。ラーフの最後のアリアを削ったことに対しても、それ以上の文句を言われています。しかし、やむを得ないことなら、しなければなりません。

自分の音楽を削ることに対して、モーツァルト自身が全くなんの不満も持っていないのは面白い。彼はただ舞台と、全体の効果だけを考えていたのである。これがベートーヴェンなら、自分の音楽が一小節でも削られるとあれば、怒り狂って歌手が何を考えようと一歩も譲らなかったであろう。モーツァルトは自分自身に対する内科医であり、外科医でもあった。
~同上書P77-78

「内科医でもあり、外科医でもあった」という指摘に膝を打つ。
全体のバランスの中にある作品は、調和の中にあり、当然人々の感動のために存在した。

・モーツァルト:3幕の音楽劇「イドメネオ」K.366(リヒャルト・シュトラウス1931年編曲版作品117)
ロバート・ギャンビル(イドメネオ、テノール)
ブリッタ・シュタルマイスター(イーリア、ソプラノ)
カミッラ・ニールント(イズメーネ、ソプラノ)
イリス・フェルミリオン(イダマンテ、メゾ・ソプラノ)
クリストフ・ポール(アルバーチェ、バリトン)
ジャック=グレッグ・ベロボ(大司祭、バス・バリトン)
ライナー・ビュッシング(神託の声、バス)
モニカ・ハーニシュ、ラヘル・ハール、イョルク・レスマン、アンドレアス・ハインツェ(合唱ソロ)
ドレスデン国立歌劇場合唱団
マティアス・ブラウアー(合唱指揮)
ファビオ・ルイージ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(2006.8.25Live)

2006年、ザルツブルク音楽祭の記録。
モーツァルトの旋律に、巨大な管弦楽の化粧を施されたシュトラウス節の面白さ。
第2幕間奏曲などその最たるもの。

第2幕間奏曲

あるいは、第1幕第2場で、クレタの王子イダマンテが、捕虜となっているトロイの王女イリアに対して、自身の愛を告白し、トロイの囚人たちを解放すると宣言するレチタテーヴォのシーンでは、シュトラウスは、何と1928年作の「エジプトのヘレナ」の「トロイの陥落」のモチーフを引用する。(何という遊び心、というか自意識過剰!)

ドラティ&デトロイト響のシュトラウス「エジプトのヘレナ」を聴いて思ふ ドラティ&デトロイト響のシュトラウス「エジプトのヘレナ」を聴いて思ふ
第1幕「ついに、それまではただ眼差しだけが物語っていたことを」(イリス)
歌劇「エジプトのヘレナ」第1幕「食事の用意はもうできて」(アイトラ)

そしてまた、エレットラを、ポセイドンの狂信的な高僧イズメーネに置き換え、その激しくもドラマティックな歌唱は、カミッラ・ニールントによってその狂気が見事に表現される。

第2幕「イダマンテよ、私はただ一人、孤独に歩む」(イドメネオ)
第2幕「可哀そうな子」(イドメネオ)

ウィーン国立歌劇場の監督であったクレメンス・クラウスもまた、ミュンヘン初演150周年にあたる1931年にモーツァルトの歌劇「イドメネオ」の改訂を主導した人物である。「クレタの王、イドメネオ」は、主題、テクスト、形式においてモーツァルトの時代にもすでに時代遅れとなっていたオペラ・セリアに属しているが、モーツァルトがこの作品に惜しみなく注ぎ込んだ表現力の大胆さ、音楽的特徴、そして未来を見据えた有望な内的ドラマトゥルギーを備えていたにもかかわらず、「イドメネオ」は、1781年の初演時でさえ真の成功を収めることはできなかった。リヒャルト・シュトラウスはその原因を、若き作曲家が「ミュンヘン宮廷の俗物たち」に譲歩せざるを得なかったことにあるとした。1854年のドレスデンや1879年のウィーンなど、記録に残る数少ない再演では、モーツァルトのイタリア語オペラと同様にドイツ語に翻訳され、若干の変更が加えられたが、モーツァルト自身が意図したほど大幅な改訂は行なわれなかった。ミュンヘン公演後、モーツァルトはすでにドラマ・ペル・ムジカ(音楽のための劇)の改訂を構想しており、主にテクストの大幅な短縮とより効果的な劇作法の導入を思い描いていたが、上演の見込みがまったくなかったため、この計画は実現しなかった。モーツァルトが数々の改訂を行ったのは、1786年のウィーンでの非公開コンサート公演のためだけであった。イダマンテ役はテノール用に書き直され、2つの新曲が追加され、アリアは短縮・再構成され、レチタティーヴォも短縮された。この改訂は、作品と音楽分権に関する包括的な知識と相まって、後にベルンハルト・バウムガルトナー版の基礎となり、モーツァルト自身の意図に最も近いと思われるこの版もまたザルツブルク音楽祭で幾度となく上演された。

シュトラウスは、自身の芸術家気質に相応しく、異なる角度からこの課題に取り組んだ。彼もまた「イドメネオ」に精通しており、モーツァルトの意図を理解していた。同時に、音楽劇作家としての自身の経験をこのプロジェクトに活かしたいと考えており、実際のところ、シュトラウスは1900年のヴァイマールでグルックの歌劇「タウリスのイフィゲニア」を翻案しており、作曲家として古代の題材や、「ナクソス島のアリアドネ」、「エジプトのヘレナ」といった作品でバロック・オペラに関連する作曲形式を試みていたのである。

クレメンス・クラウスがこの仕事に推薦した、ウィーン国立歌劇場の監督兼芸術監督であるローター・ヴァラーシュイタインもまた、経験豊富な演劇人であった。ヴァラーシュタインとシュトラウスは、モーツァルトの素晴らしい劇場音楽を舞台のために保存するには、従来の概念と台本の長々とした表現を根本的に変える必要があるという点で意見が一致した。ヴァラーシュタインは、まったく新しいドイツ語訳を作成しただけでなく、アトレウス神話から出た、シュトラウス自身の歌劇「エレクトラ」でおなじみのアガメムノンの娘エレクトラを、クレタ島に住むネプチューンの巫女イズメーネに置き換えることで、筋書きも変更した。イズメーネは、イダマンテをめぐる恋愛の駆け引きの中で嫉妬深い復讐者の役割を担うが、同時に、帰還したイドメネオの犠牲の誓いをめぐる争いの中で、海の神の力の象徴となる。しかし何よりも、ヴァラーシュタインは、シュトラウスと緊密に連携して作品の劇的構造を変更した。楽曲とレチタティーヴォは短い場面を中心とした連続的な筋書きに置き換えられ、音楽には原曲よりもはるかに大きなダイナミズムが与えられている。
こうした変更を通して、シュトラウスはモーツァルトの音楽にできる限り忠実にあらんとした。ミュンヘン版から3つのアリアを削除したものの、モーツァルトがウィーン版のために書いたパートはすべて含めた。アルバーチェと大祭司のテノール・パートをバス音域に移調し、アリアと合唱を短縮して引き締め、オリジナルのセッコ・レチタティーヴォを伴奏付レチタティーヴォに置き換えた。また、様式的な整合性を図ろうと努力したが、声楽の扱いと和声において独自の個性を否定することはなかった。まったく新しいオーケストラの間奏曲が幾つか加えられ、第3幕の壮大なフィナーレは、特に、シュトラウスがオリジナルに比べてオーケストラの編成を大幅に拡大したことを考えると、その印象はより強いものなろう。彼はモーツァルトの原曲にはなかった管楽器を加えただけでなく、(少なくとも)第1ヴァイオリン12本と第2ヴァイオリン12本、ヴィオラ8本、チェロ6本、コントラバス6本からなる弦楽器セクションを指定している。

(ゴットフリート・クラウス)

ルイージのモーツァルト「イドメネオ」(R.シュトラウス版)を聴いて思ふ ルイージのモーツァルト「イドメネオ」(R.シュトラウス版)を聴いて思ふ

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