ところで、2010年のクラシック音楽界はショパンやシューマンの話題で小じんまりながら埋め尽くされたと思うが、一方ベートーヴェンとほぼ同時代に活躍したイタリアの作曲家ルイジ・ケルビーニの生誕250年であることにはあまり触れられないように思う。ケルビーニという作曲家は現代でこそいくつかの限られた作品でしか知られていないが、生前はベートーヴェン以上にメジャーだったということから考えても、じっくりとその音楽に身を寄せる価値は十分にある(そういう僕も長いクラシック音楽鑑賞歴の中で、フルトヴェングラーの指揮した歌劇「アナクレオン」序曲やマルケヴィッチの指揮するレクイエムを耳にしていたくらいで、ケルビーニに関して云々するほどの知識は持ち合わせていなかった)。
ケルビーニのミサ曲を中心に収めたボックス・セットを手に入れ、先日から少しずつ聴いているが、いくつもの鎮魂曲のほか、中にはホルンと弦楽のためのソナタ第2番などという隠れた名曲も収録されており、これがまた実に美しく、これからの秋の夜長に相応しい音盤たちだろうからせっかくなのでその中の1枚をじっくり聴いてみることにする。
男声合唱によるニ短調のレクイエムは1836年に作曲されたケルビーニの最後のレクイエムである。教会のミサで女性が歌うことを禁じる因習が残っていた当時、作曲者は自身の葬儀のために男声だけのレクイエムを書こうと考えたそうだ。
「怒りの日」などはモーツァルトのそれに似たような印象を受けるが、モーツァルトのものが未完の作品で、「怒りの日」自体が厳密には彼の筆によるものではないことを考えると、ことによるとモーツァルト以上の才能の持ち主だったのではないかという錯覚すら覚える(もちろんそんなことはないのだろうが・・・)、さすがに「老練の極み」の傑作だと僕は思う。
いずれにせよ、ケルビーニの作品はもっと演奏されるべきだろうし、もっと聴かれるべきだ、そんな風に思えるセットである。
さて、もう少しじっくりとケルビーニの音楽に身を委ねるか・・・。
おはようございます。
ケルビーニの二つの「レクイエム」、モーツァルトへの「リスペクト」や、ベートーヴェンに与えた影響が、俄然気になりだして聴き直してみたくなってきました。岡本さんの、ニ短調についての本文が頭に残っていたところ、例によって、こちらもいつも勉強させていただき感謝している、「おやじの部屋Ⅱ」のハ短調についての記事を読んだから。
http://www.ne.jp/asahi/jurassic/page/oyaji2/oyaji_97.htm#cherubini
ありがとうございます。
>雅之様
おはようございます。
こちらのサイトは勉強になりますよね。
僕の方こそいつもご紹介ありがとうございます。