
スティーヴ・ハケットの自伝「ジェネシス・イン・マイ・ベッド」。
子どもの頃のこと、両親のこと、音楽に目覚めたこと、クラシックからロックンロールまであらゆる音楽を聴き漁ったこと、そのすべてが赤裸々に語られており、ハケットの幅広い音楽性の確かさの根源を垣間見るようで実に面白い。
はじめて心に刺さったクラシック音楽はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番変ロ短調だったらしい(誰の演奏だったかは不明だが、ことによるとホロヴィッツ独奏トスカニーニあたりだったのではないかと想像する)。彼は、壮麗なメロディを奏でながら入ってくるオーケストラの飛翔に感銘を受けたという。

クラシック絡みでの次の大きな出来事は1965年、わたしが流行りのポップ音楽やキース・リチャーズのリックを練習していたときに起こった。このとき母の友人のジョイがわたしに、『セゴビア・プレイズ・バッハ』というレコードを貸してくれた。最初のメロディが聴こえたとたん、ギターという楽器は他の楽器用に書かれた曲でも鍵盤楽器並みに弾きこなせるのだということに気づかされた。セゴビアの手にかかれば、ギターはただギターの音だけが響くのではなかった。ほとんど鍵盤楽器に近い、それでいてもう少し艶のある音になる。真摯な心がこもった、あたかも自然のすべてが、混じり気のないあどけなさを持って彼の楽器を通して語っているようだ。
~スティーヴ・ハケット/上西園誠訳「スティーヴ・ハケット自伝 ジェネシス・イン・マイ・ベッド」(シンコーミュージック・エンタテイメント)P90-91
アンドレス・セゴビアに多大な影響を受けていたという事実に僕は感激した。
それも、セゴビアが最も輝いていた1920年代と1930年代の録音からだというのである。
・J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007から第1曲前奏曲(アンドレス・セゴビア編曲)
アンドレス・セゴビア(ギター)(1935.4.2録音)
スペイン的哀愁を感じさせる永遠のバッハ!
この感傷はどれだけの人を感化させたことだろう。おそらくハケットもやられたはずだ。
もともとは大半がヴァイオリンやチェロのために書かれたバッハの曲をセゴビアが演奏するのを聴きながら、このギタリストがはるか昔に完璧に成し遂げたことを、生涯を賭けて自分もまたやろうとするのか、あるいは彼から受けた影響をもとに席へ進むのかのどちらかだと心に決めた。
わたしがその後に作り出すことになるオリジナル作品はセゴビアの演奏から強い影響を受けたものになる。その一例が『トリビュート』だ。このアルバムではバッハの曲をいくつか録音しているが、中でももっとも難しくてずば抜けているのが「シャコンヌ」だろう。録音にとりかかったとき、この曲はバッハが妻の死を胸に刻むために書かれたものだと知った。その事実は、どうしてあの曲が不吉な出だしからやがていたたまれないほどの甘美さを帯びていくのかのヒントを与えてくれるかもしれない。演奏するにはたっぷり気持ちを込めることが大切だ。
~同上書P91


後にセゴビアへのトリビュート・アルバムをリリースするハケットにあって、やはり神セゴビアの若き日の録音は永遠の目標だったのだろうと思われる。
・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV1004から第5曲「シャコンヌ」(アンドレス・セゴビア編曲)
アンドレス・セゴビア(ギター)(1947録音)
まるでもともとギターのための作品であるかのような錯覚を起こす名編曲の名演奏。
確かにここにはハケットの言う「不吉な出だしからやがていたたまれないほどの甘美さを帯びていく」魔法がある(果たしてハケットが聞いたのが1947年録音のものだったかどうかは不明だが)。

