
四半世紀前、マルタ・アルゲリッチの独奏によるシューマンのピアノ協奏曲を聴いた。それはそれは、筆舌に尽くし難い感動を与えてくれる、夢のようなひと時だった。
あれは確かサントリーホールだった。
ネーメ・ヤルヴィ率いるイェーテボリ交響楽団との協演だった。
当時、僕はアルゲリッチの実演を幾度も聴いた。
ちなみに、2000年2月7日の、師ミケランジェリに捧げる久しぶりのソロ・リサイタルは本人の急病で急遽中止になったが、その数年後、再度告知されたときには、前半がソロ、後半がデュオというプログラムに変更になっていたのは少し残念だった。
何にせよ初めて触れたアルゲリッチのソロに僕は感激した。
本当に素敵だった。素晴らしかった。
何ともニュアンス豊かで、音楽をすることの喜びを体現するその表現は、彼女が年齢を重ねるごとに熟していった。




・シューマン:ピアノ協奏曲イ短調作品54(1845)
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
リッカルド・シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(2006.6.1&2Live)
彼女のピアノは力強く、その上繊細と来る。
音楽を、マルタ・アルゲリッチが牽引する。
第1楽章アレグロ・アフェトゥオーソ展開部でのオーケストラの木管群の独奏のあまりの美しさと、それに呼応して静かに祈るように歌うピアノのコントラストが見事(ここではシャイーが主役だ)。
シューマン没後150年記念のコンサートらしいが、アルゲリッチは実に興に乗る。音楽が歌に溢れ、リズムは弾け、隅から隅までが愉悦の塊。
そして、短い第2楽章インテルメッツォこそアルゲリッチの真骨頂。
(なんと可憐なピアニズム!)
続く終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェを聴いていて思ったこと。
彼女は繰り返しこの曲を弾いているが、まるでアルゲリッチのために創造された音楽のように響くこと。そこには自由闊達な精神があり、奔放な力が漲っている。
佳曲の名演奏。