
1990年代の初め頃、僕はブラームスに凝っていた。
少年時代、僕はブラームスの音楽をあまり好まなかった。
しかし、弦楽六重奏曲やクラリネット五重奏曲に出逢い、ある日、突然目覚めた。
ブラームスの初期の、青春の甘い香りが漂う六重奏曲が、そして最晩年の枯淡の境地を示す五重奏曲が、僕を虜にした。
初めて聴いた実演は、忘れもしない、新宿文化センターで聴いたカール・ライスターだった。
また、アマデウス・アンサンブルと澤カルテットによるカザルスホールでの演奏だった。
いずれも大変素晴らしかった。世の中がいまだバブルの時代で、人々はそれが永遠に続くものだと信じ、いわば狂乱状態だった。
そんな時代にブラームスの音楽はぴったりだった。
空想、妄想に浸る僕たちの心を見透かすように、実に現実的な、幻を超えた真実を聴かせてくれた。もはや40年近く前のことである。
最近は偶にネットを手繰る。
エベーヌ四重奏団がダミエン・バッハマンを独奏に据えた見事なクラリネット五重奏曲。
暗いブラームスが、妙に明るくなった、音の力の優れた名演奏。
ファニー・メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲 ・ブラームス:クラリネット五重奏曲ロ短調作品115(2018.8.28Live)
ダミエン・バッハマン(クラリネット)
エベーヌ四重奏団
ピエール・コロンベ(ヴァイオリン)
ガブリエル・ル・マガデュール(ヴァイオリン)
マリー・シルム(ヴィオラ)
ラファエル・メルラン(チェロ)
ヴィッセンブール国際音楽祭でのライヴ収録。
息の長い、ブラームスの渾身の旋律が聴く者の涙を誘う。
けふつくづくと眺むれば、
悲の色口にあり。
たれもつらくはあたらぬを、
なぜに心の悲める。
秋風わたる靑木立
葉なみふるひて地にしきぬ。
きみが心のわかき夢
秋の葉となり落ちにけむ。
(オイゲン・クロアサン 「秋」)
~山内義雄・矢野峰人編「上田敏全訳詩集」(岩波文庫)P73
春秋がほぼなくなった、ほとんど夏と冬が交互に繰り返される現代にあって、ブラームスの春が懐かしい、また、秋が恋しい。
森は今、花さきみだれ
艶なりや、五月たちける。
神よ、擁護をたれたまへ、
あまりに幸のおほければ。
やがてぞ花は散りしぼみ、
艶なる時も過ぎにける。
神よ擁護をたれたまへ、
あまりにつらき災な來そ。
(パウル・バルシュ 「春」)
~同上書P72
高原は雨。何と高貴な日本語であろうか。
