宇宙的規模の一大ページェント

一昨日からベートーヴェンの第5交響曲を聴いていて、確かにこの音楽は古今東西稀に見る天才的傑作だと確信する一方で、あまりに形式が堅牢で、いくつものアプローチがあるように見えながら、実に解釈を選ぶ音楽なのではとあらためて思った。いや、モーツァルトの後期のシンフォニーと同じく、作品そのものの本質を捉えるために相応の年季が必要な作品なのだろう。まったく無駄のない、ということは解釈の余地のないある意味完璧な音楽。
そのことは、ティーレマンの全集の他の作品を耳にしたときにより一層感じる。例えば「エロイカ」シンフォニー。ベートーヴェンの真の意味での変革、転換期におけるマスターピースであるこの音楽こそ、外に向かうエネルギーの、宇宙的規模の一大ページェントであることが再認識される。コレステロール過大でなく、もちろん物足りなさも全くない、聴き終わった後に相当の満足感に浸ることができ、そしてもう一度冒頭から聴きたくなるというもの。もう何百回、何千回と耳にしているであろうこの音楽にこんなにも「新鮮さ」を感じたのはいつ以来だろう。

ベートーヴェン:
・交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」(2009.3Live)
・序曲「「コリオラン」作品62(2008.12Live)
・劇音楽「エグモント」作品84~序曲(2009.11Live)
クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

いつも思うのだが、いくら楽譜に指定があっても、「エロイカ」第1楽章における提示部反復というのはいかがなものだろう(「田園」シンフォニーにおけるそれと同様)。せっかくの音楽の流れがこの反復によって見事に断たれ、音の洪水に感動する聴き手は一瞬我に返り、見事に冷静になってしまう、非常に興醒めな「間」を体験するのである。過去の巨匠の解釈を研究し、流行のベーレンライター版ではなくブライトコプフ版での演奏にこだわり、しかも第1楽章コーダの第1主題のモチーフが消えるところ(木管が埋もれてしまう個所)をあえて昔ながらにトランペットで奏させる解釈なのに、なぜこのリピートを順守するのか。もったいない(これも僕の勝手な好みの問題ゆえ、反論異論も大いにあろうけれど)。
ちなみに、今、引き続き「コリオラン」序曲を視聴しているが、こちらも本当にエネルギッシュで素晴らしい。月並みな表現でしか表すことが不可能だけれど、苦悩から解放へというベートーヴェンのモットーの本質を見事に体現した大演奏。
ティーレマンがこのまま年を重ね、いわゆる晩年という域に達した時どのようなベートーヴェンを聴かせてくれるのだろう。
あと20年か、30年か。その時のことを想像するだけで「今」がより一層愉快になる。
昨日に引き続き書く。ティーレマン&ウィーン・フィルによるベートーヴェン全集はムラがあってもじっくりと耳にする価値のある、久しぶりにわくわくさせてくれる音盤(映像)である。
僕はやっぱりモダン楽器による、前時代的な解釈のベートーヴェンが好きかな(ピリオド解釈も時には興味深いが、やっぱりベートーヴェンはこうでなくっちゃ)。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。

>ティーレマン&ウィーン・フィルによるベートーヴェン全集はムラがあってもじっくりと耳にする価値のある、久しぶりにわくわくさせてくれる音盤(映像)である。

ムラがあるから、出来・不出来があるからこそ面白いんでしょうね。
本当は、ムラヴィンスキー、カルロス・クライバー、あるいはアルゲリッチのように、波長が合う曲だけを選んで、徹底的にこだわって指揮したいタイプなのかもしれません(ヴァント、チェリビダッケ、朝比奈隆たちは作曲家を特に選んだ)。けれども、音楽ビジネスは若い人に、中々それを許してくれませんからね。

岡本さんだって、どうしてもやりたい仕事と、どちらかというと仕方なくやらざるを得ない仕事と、両方やってるでしょ。生活のため、世に出るためには、やらなきゃしょうがないですから。

同世代人としてよくわかり、とても共感します。それを「今の若いものは」的な、小姑みたいな小言で済ましていたら、絶対自分に返ってくるでしょうよ(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。

>ムラがあるから、出来・不出来があるからこそ面白いんでしょうね。

そういうことですね。

>音楽ビジネスは若い人に、中々それを許してくれませんからね。
>生活のため、世に出るためには、やらなきゃしょうがないですから。
>それを「今の若いものは」的な、小姑みたいな小言で済ましていたら、絶対自分に返ってくるでしょうよ

ごもっとも。
ありがとうございます。

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