ニールンド レンメルト エルスナー パーペ ザクセン州立歌劇場合唱団 ルイージ指揮ドレスデン州立菅 ベートーヴェン ミサ・ソレムニスニ長調作品123(2005.11.22Live)

ベートーヴェン最大の作品「ミサ・ソレムニス」は今もって難解とされる。
ミサ曲でありながらルドルフ大公に献呈したプライヴェート作品であり、音楽的にも決してポピュラーなものでないことによるのだろう。

カトリック教会は上演の受け皿とはならず、確認できるほとんど唯一の例外として、1835年11月22日にプレスブルク(ブラティスラヴァ)の頂上大聖堂で上演された記録がある。こうしたその後の有り様を振り返ると、《ミサ・ソレムニス》は初めから教会から離れた存在であって、ベートーヴェンはその現実をすでに見越していたとも言える。頒布勧誘文の一節に「オラトリオとして上演できる」とあり、王侯たち・音楽愛好家協会が細々とした上演の担い手になっていたわけである。
大崎滋生著「史料で読み解くベートーヴェン」(春秋社)P370

成立から今日まで、舞台にかけられる機会の少ない作品にあって、幸運なことに、僕はこれまで実演で2度「ミサ・ソレムニス」を聴いた。一つは、朝比奈隆指揮新日本フィルによるもの、もう一つが鈴木雅明指揮BCJによるものだったが、最初の時はいまだ作品に対する理解が薄かったこと、2回目のときもまだまだその本質を捉え切れていなかったこともあり、(今となっては)心底感動したとは言い難い。

大崎滋生さんの著作のおかげで、「ミサ・ソレムニス」のことがよく理解できた。
僕にとって音楽を知ることと同様にその成立の背景や、作曲家自身の精神面の推測など、歴史や人を理解することがあらためて大切であることを確認する。

作品の核心は「サンクトゥス」以降だと常々思ってきたが(そこを受け容れていくのがまた至難なのだ)、中で、大崎さんの論に目から鱗が落ちた。

《ミサ・ソレムニス》におけるこのような細心の音楽造りが、ヴァイオリン・ソロを伴って、全面的に展開する部分として、ベネディクトゥス楽章はよく知られていると思う。紙面が限られるなか、厳選して言及したいのは、アニュス・デイ[神の子羊]の第2部、「与えたまえ、我らに、平安を」の第96~189小節である。
~同上書P386

自筆スコアに”Bitte um inner und äußern Frieden”[内と外の平和への願い]と書かれている部分だが、ここが「第九」終楽章のトルコ行進曲の挿入箇所と相似形だと大崎さんは指摘するのである。

第164小節でアレグロ・アッサイの指示が出た途端に全休。ティンパニだけによってリズムが刻まれ始めて、場面は急展開する。弦楽器群が一瞬せわしない動きをした後、2本のトランペットが軍楽調の呼び声(戦争の不安)。それが第175小節で止むと同時に「レチタテーヴォ」の指示のもと、突然、独唱アルトが第1部分の「神の子羊、それは世の罪を取り除く」と切り出す(不安に駆られて)
~同上書P387

何と言うことのないシーンだが、そういわれて聴いてみると不思議な音調を表出している。

平和の対比として軍楽を侵入させて、「神の子羊よ」と叫ばせたとき、この作品はミサ曲としては異次元に到達したと言わなければならない。“第九”にトルコ軍楽の表象を侵入させたと同じ現象で、全曲が終わる少し前という、侵入場所も共通している。“第九”は《ミサ・ソレムニス》のこの造りを模したと言ってよいだろう。《ミサ・ソレムニス》の場合は平和への祈りを、そして“第九”は「すべての人間が兄弟になる」とダイバーシティの理念を、引き出す為であった。
~同上書P390

ベートーヴェンは平和と共栄共存を意識してこれら大作を生み出した。
しかし、彼の本性はもっと本質的なものを希求していたと僕は考える。
スケッチ帖にかかれた「内と外の平和を描いて」、あるいは自筆スコア譜に鉛筆書きで付加された「内と外への平和の願い」は、内功と外功がもとより両輪であることを示していると言えまいか。すなわち、内への平和は「自己を明らかにする」ことであり、外への平和は「救世渡人」そのものを求めていたのだと思うのだ。

ファビオ・ルイージの「ミサ・ソレムニス」が素晴らしい。

ドレスデンはフラウエン教会の再開記念コンサートの模様。

「難解」とされる音楽は、映像を伴なって楽器の動きや流れを観ながら聴くに限る。
「ミサ・ソレムニス」は、「サンクトゥス」以降をものにできれば理解が一層進むとあらためて思った。
19年前のコンサートでルイージも若いが、この頃から彼の作り出す音楽は正統派であり、熱がこもったものだったことがわかる。

「祝典のミサ曲が上演される」との言明は、創作中であった“パン仕事”、《33の変奏曲》の作曲を継続しながら有言実行に移され、それが本格化したところで両立は無理ということになり、“パン仕事”を放棄、ミサ曲に専念することとなった。背に腹はかえられない、の反対である。生活を犠牲にして大公への約束を果たそうという、まさにベートーヴェンの誠実さ、大公との内的な関係を重視する表れである。
~同上書P300

大崎さんの指摘通り、ベートーヴェンの誠意が感じられるところであり、後世から「楽聖」と呼ばれるに至った理由が垣間見える。

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