トスカニーニ指揮NBC響 ベートーヴェン 交響曲第5番ハ短調作品67(1939.2&3録音)ほか

灼熱のベートーヴェン。
楽譜通り、原典主義というレッテルは何処へ?
トスカニーニほど縦横無尽、自由自在な解釈を施す指揮者はいないというのに。

しかし、トスカニーニのワーグナーとヴェルディに対する「尊敬の念」に「勝るのは、彼のベートーヴェン崇拝だ」と、ウルフは述べた。「トスカニーニにとって、9つの交響曲はすべての音楽の精髄である。それらを指揮する際、彼は、そのような作品の中で人間は神に近づき、そして、それらの中にすべての宗教の本質がある、と感じる」。
ハーヴィー・サックス/神澤俊介訳「トスカニーニ 良心の音楽家(上)」(アルファベータブックス)P547

キエザ ヤンセン ウェストミンスター合唱団 トスカニーニ指揮NBC響 ブラームス ドイツ・レクイエム作品45(1943.1.24Live)

実際のところ、トスカニーニくらい懐の大きい、深い音楽家は稀だろう。
トスカニーニのベートーヴェンは、フルトヴェングラーとも、またワルターとも異なる。
決して理性的とはいえない激しい感情の坩堝であり、ワルターのようなヒューマニスティックな側面はスポイルされ、フルトヴェングラーのような曲線的な解釈ではなく、あくまで直線的な音楽がいつでもどこでも轟くのである。

ワルター指揮ニューヨーク・フィル ベートーヴェン 交響曲第5番(1950.2.13録音)ほか フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル ベートーヴェン 交響曲第5番(1954.2.28&3.1録音)

(1927年)2月1日にメトロポリタン歌劇場で行なわれた最初の公演は、「エロイカ」交響曲と交響曲第5番だった。その両方とも、彼は前年にニューヨークで指揮していた。彼は、その晩を通して凄まじい熱狂で迎えられた。そして、翌日の晩、彼とオーケストラは、その演目をフィラデルフィアで繰り返した。5日及び6日、カーネギー・ホールに於ける彼の残りのコンサートは、ベートーヴェンの交響曲第1番と第9から成った。両方のコンサートはWJZで放送されることになっていたが、歌手4人のうちの3人との契約上の障害によって、終楽章で独唱者が歌い始める直前に放送は馬鹿げたことに打ち切られた。
「あらゆる席は数日前に売り切れた」と、「ニューヨーク・ワールド」紙は第9交響曲コンサートの初日の後に報じた。「6時30分に失望した音楽愛好者の興奮した一群は、カーネギー・ホールの戸口に押し入り、7時30分以前には売り出されない立ち見券を少なくとも得ようとした。その殺到は恐ろしいほどになったので、経営陣は大急ぎで警察を呼び、まもなく30名の部隊がカーネギー・ホールに急派された。彼らは、群衆を歩道に押し戻し、その後外側の戸口に持ち場を占め、入る人それぞれに入場券を示すよう言った」。最後に、聴衆は「野蛮な叫び声と共に立ち上がり、疲れ切ったトスカニーニが全くうんざりして引き下がるまで叫んで声を枯らした」。その現象は、翌日の夜も繰り返して起こった。

~同上書P534

大変な人気である。この時の演奏はもちろん聴けない。
しかしながら、僕たちは後年、NBC交響楽団と共に録音した幾つものベートーヴェンの交響曲を聴くことができる。耳にするたびに僕は思う。とにかく実演に触れてみたかったと。

ベートーヴェン:
・交響曲第5番ハ短調作品67(1939.2.27 & 3.1, 29録音)
・七重奏曲変ホ長調作品20(トスカニーニ編)(1951.11.26録音)
・劇音楽「エグモント」序曲作品84(1953.1.19録音)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団

トスカニーニのベートーヴェンは筋肉質であり、音の粒が凝縮され、どの瞬間も息詰まる興奮と熱狂を生むことが、この録音からもよくわかる。欧州は、第二次世界大戦前夜のきな臭い空気の漂ったであろう時期であり(否、世界はまだそんな風な近未来があろうとは想像もしていなかったかもしれないが)、世相とは無関係だと思うが、演奏から感じられる緊張感は、戦いの最中にあるようで、「闘争から勝利へ」という第5交響曲のモットーが見事に表現されている。

トスカニーニ指揮NBC響 ベートーヴェン 七重奏曲作品20(トスカニーニ編)(1951.11.26録音) トスカニーニ指揮NBC響のベートーヴェン交響曲第5番&第8番ほか(1939Live)を聴いて思ふ トスカニーニ指揮NBC響のベートーヴェン交響曲第5番&第8番ほか(1939Live)を聴いて思ふ

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