
心からトスカニーニの「トリスタンとイゾルデ」全曲を聴きたいと思った。
トスカニーニのバイロイト音楽祭登場に向けては、様々な邪魔や嫌がらせがあったらしい。ジークフリート・ワーグナー直々の要請であったが、他の巨匠たちからの嫌がらせが頻発する、それほどにこのイタリア人指揮者は有能だった。
1930年に、バイロイトの上位の指揮者は横暴なカール・ムックで、1901年以来音楽祭の《パルジファル》上演を担当していたが、また、音楽祭の最も保守的な支持者の団結の旗印としての役割も果たした。ムックはトスカニーニの世界的な成功がうらやましく、トスカニーニがバイロイトに招かれたことを、職業的だけでなく国粋主義的な理由でも喜んでいなかった。彼は、最良の演奏者は彼自身と共演し、劣った演奏者はトスカニーニと共演するように手配した。
~ハーヴィー・サックス/神澤俊介訳「トスカニーニ 良心の音楽家(下)」(アルファベータブックス)P30-31
ひどいというか、情けないというか、こういうエピソードを知ると、ムックは間違いなく二流だとこき下ろしたくなる。
そうなると、ジークフリートの後ろ楯があったことが幸いする。ワーグナー家の人々はトスカニーニのリハーサルに大いに感動したのである。
ワーグナー一族の他の者達はトスカニーニのリハーサルを傍聴した。ジークフリートの姉、エーファ・チェンバレン、そして、彼の二人の異父姉、ダニエーラ・トーデ及びブランディーン・グラヴィーナ—コジマの最初の夫、指揮者兼ピアニストのハンス・フォン・ビューローによる娘達—もやはり出席した。最初は好奇心で、それから驚いて、そして、最後にはほとんど信仰心をもって。ブランディーンは彼女達の感銘を或る手紙に要約した。「8日間、我々は、トスカニーニの《タンホイザー》と《トリスタン》のオーケストラ・リハーサルにすっかり没頭しました」と、彼女は述べた。「それは、我々がこれまで経験した最も信じられないことです。いつもは冷静なエーファは、彼の偉大さに完全にのまれています」。彼女達は、指揮者としての彼の優れた技量と彼の説得力—激しい、或いは、穏やかな—にだけでなく、ワーグナーの作品に対する彼の深い没頭と彼の細部への気配りにも仰天した。
~同上書P32-33
トスカニーニのバイロイト・デビューのまさにそのとき、ジークフリートは心臓発作で急逝する。
トスカニーニの制作の芸術的成功は、ジークフリート・ワーグナーについて高まる心配によってくじかれた。彼の最初の心臓発作は、さらなる発作が続き、肺炎によって悪化した。8月4日、リヒャルトとコジマ・ワーグナーの61歳の息子は亡くなった。彼の母の死後、精々4ヶ月だった。
~同上書P36
結果的に追悼公演となったこの年の音楽祭でのトスカニーニの上演は大成功を収める。来訪者1万人という記録的数字をもたらし、公演の切符はほぼ25万ドルという大変な数字を叩き出した。そんな天才指揮者をワーグナー一族が放っておくことがないだろう。
残念ながら当時の音を聴く術を僕は知らない。
(もちろん録音が残されているなどという奇蹟はないだろう)
しかし、後年の、NBC響との前奏曲や序曲を聴くだけでわかる、いかに灼熱の音楽が鳴り響いていたかが(ただし、バイロイトの特殊なオーケストラ・ピットから醸し出されるいぶし銀の音響は、ドライな録音たるこれらのものではいかにトスカニーニといえど再現不可能だ)。
「ローエングリン」第1幕前奏曲の、静寂から紡ぎ出される美しい旋律が徐々に高揚する様子はトスカニーニの「静」の真骨頂。あるいは、第3幕前奏曲の雄渾な金管群の刺激と「動」の魔法。
個人的には「マイスタージンガー」に止めを刺す。
ワーグナーの喜劇たる一端を、この前奏曲が担っており、そこにこそトスカニーニならではの優雅な(?)音楽性が叩き込まれるのである。
もちろん「パルジファル」からの2曲も絶品。前奏曲の何とも心地良い静謐さ!
(トスカニーニは暴れん坊ではない)
トスカニーニ指揮NBC響のワーグナー「パルジファル」(抜粋)(1940.3.23Live)を聴いて思ふ 