イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル

100505_pogo.jpg別世界、否、別次元の空間だった。
前半は、時折「祈り」の瞬間が訪れるものの、それでもまだまだ混沌としており、完全に彼の世界に浸り難かったが、休憩を挟んでの後半は、もう言葉では表現し難い崇高な時間を過ごさせていただいた。息を凝らし一音一音を聴き逃すまいと静まり返った聴衆の反応。そして鼻息を荒くし、轟音を鳴り響かせたかと思うと、どうやってこんな繊細な音を出せるのだろうと思える、にわかには信じられない静謐さとが入り混じるスタインウェイ。ほとんど儀式のような3時間。

そう、これはポゴレリッチ教の儀式なのである。この孤高のピアニストのほとんど自己陶酔的なパフォーマンスに、狂信的なまでにすがろうとする信者たちを取り囲むように、興味本位で観てみようと訪ねてきた一般の音楽ファンたちが、第三者的に、あくまで客観的、冷静に彼の演奏を捉えようと耳をそばだてる、ある見方をすれば、そんなような光景である。

昨年1月のリサイタルで披露する予定だったプログラムを引っ提げてイーヴォ・ポゴレリッチが来日した。外は初夏の陽気。そして、サントリーホールの中はといえば久しぶりの公演に期待で胸を高鳴らせる満員の聴衆。
イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル
5月5日(祝) 14:00開演 東京 サントリーホール

予定時刻からだいぶ遅れての開演。場内アナウンスで1曲目の変更が告げられる(ショパンの夜想曲作品55-2から作品62-2に)。いつものように照明が通常より薄暗く調整される中、かのピアニストが楽譜を携えて登場した。万雷の拍手。

・ショパン:夜想曲第18番ホ長調作品62-2
のっけからポゴレリッチ節。ショパンの生前、最後に出版されたこのノクターンは、まるでショパンの遺書のよう。何とも透明で、哀しみに溢れる中に、静けさと情熱が同居する。我々はこの瞬間を長らく待ちわびていたのだ(2005年の来日公演もこの曲からスタートしたっけ)。

・ショパン:ピアノ・ソナタ第3番ロ短調作品58
晩年のショパンの狂気と平常心とを、躁と鬱とを、これほどまでに緻密に表現し得たピアニストが他にいただろうか。いや、この音楽がこういう音楽だったなんて誰も想像できなかっただろう。2005年10月、同じサントリーホールで聴いたとき以上にデフォルメされ、動と静の対比が見事なまでに示された圧倒的表現。ただし、これはショパンではない(ショパンとは言い難い)。普通にショパンを聴きたいというご仁には不向き。あくまでポゴレリッチ編曲(?)のショパンである。

・リスト:メフィスト・ワルツ第1番
前半だけで1時間半近くの時間を要しただろうか・・・。聴く側にも大変な体力と知力を強いるポゴレリッチのリサイタルは、一部の熱狂的なファンにとっては高尚なる儀式であるが、そうでない者にとっては拷問であろう(集中力がもたなくなる)。20分の休憩後、後半がスタートする。またしても場内アナウンス。今度はプログラムにない楽曲(ブラームスの作品118-2!)を追加するという粋なサービス!

・ブラームス:間奏曲作品118-2
ポゴレリッチのブラームス!90年代初頭に録音した彼のブラームスは何度も繰り返し聴いてきたが、この名曲を実演で聴けるとは!その演奏は予想通りのスタイル。何だろう、この静けさ。愛と孤独・・・。第2部は本当に別次元だった。見えない何か、「大いなるもの」とつながっているかのような巨大なブラームス。これはもはや人間が奏でている音楽ではない。

・シベリウス:悲しきワルツ
・ラヴェル:夜のガスパール

今日の白眉は、「ガスパール」だ。予定外のブラームスを聴くために今日はサントリーホールに来たのだと直前まで思っていたが、このラヴェルには参った。ミスタッチも何のその、撫でるような微かなピアノの音色と、ハンマーで叩き下ろすかのような驚愕の大音量が交錯する。

天使と悪魔が同居する、天国のような瞬間と鬼気迫る瞬間が入り乱れる合計3時間強。まるでこれはロック・コンサートだ。
今夜はもう音楽は要らない。


6 COMMENTS

雅之

おはようございます。
ポゴレリッチの今回の来日公演は、必ず行かれると確信しておりました。
そうですか・・・、そんなに凄いですか! 御体験、羨ましい限りです!
この連休中に思考を深めることができたこと。
平均律の音と音の間にこそ音楽表現の真髄がある、民族楽器や、ポルタメント、スライド、グリッサンド、チョーキングといった現代楽器奏法。
歪な真珠であるバロック。不協和音を和音として受容する範囲を拡げていった西洋音楽の歴史。アンプで歪んでしまった音を逆にカッコいいと受容したのが始まりのエレキギターのエフェクター、アフリカとヨーロッパの新大陸での異種格闘技だったジャズ(そこにインドなど第三極の異文化が乱入したりもした)。
そして、
>天使と悪魔が同居する、天国のような瞬間と鬼気迫る瞬間が入り乱れる合計3時間強
という羨ましい限りであるポゴレリッチ実演御体験のお話。
やはり地獄を見たことのない人に、天国を見ることはできないということですね。対立や、悪い氣や、妖怪や、喧嘩や、躁鬱や、酒や、麻薬や・・・、そういうことを避けている意気地無しじゃ、一流芸術家にはなれないってことでしょう。芸術の世界は治外法権。勇気のない人は、自分とその家族の幸せと健康だけを願う一般人になれば充分。
禁断の扉を開けて、知ってはいけないものを知ってしまうことこそ、芸術の真の醍醐味なのでしょう。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
いやぁ、凄かったです。
あの世とこの世をつなぐ「異次元パワースポット」のようでした。ポゴレリッチの生み出すあのテンポと緊張感はまるで「能舞台」ですね。
>平均律の音と音の間にこそ音楽表現の真髄がある
同感です。整数と整数の間に無限の数字があるように、平均率の音と音の間には無限の「音」がありますからね。良いも悪いも、酸いも甘いも、すべてはひとつに包含されて、そこにこそ真の芸術が生まれ得るのだと僕も思います。
>やはり地獄を見たことのない人に、天国を見ることはできないということですね。
同感です。芸術に限らず、いろんな体験をした人はやっぱり強いと思います。禁断の扉を開ける勇気ある人間になりたいものです。

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[…] ところで、明日のイーヴォ・ポゴレリッチの協奏曲の夕べに備えて久しぶりにツィマーマン&ポーランド祝祭管によるショパンの第2協奏曲を聴きながら、思わず涙が出るほど感動中。こんなに良い曲だったっけ、とか何とか・・・。 特に明日は弦楽合奏版でしかも鬼才ポゴレリッチ(ちょうど2年ぶり!)ゆえどんな儀式が待っているのか、嬉しいような怖いような・・・(笑)。 […]

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[…] 思ったより真面な(?)演奏会だった。 前回の公演は本当に賛否両論だった。3時間半を超えるリサイタルの途中で帰ってしまう人が続出したというくらい、受け容れ難い人にとってはあまりに唯我独尊的なステージだった。そのことに誰かの忠告があったのか、あるいは自身で反省したのかわからないが、ともかく時間的には至極真っ当、全プログラムの終了時刻が21:18頃だったのだからああいう舞台を期待していた輩からしてみると少々肩透かしを食らった感のある、そんなひと時だった。 […]

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[…] 昨晩、イーヴォ・ポゴレリッチのソロ・リサイタルを聴いて感じたこと。このピアニストも日々苦悩し、三歩進んで二歩下がり、自分の中心軸を確固としたものにしようとしているんだなということ。とても偉そうな言い方だが、2年前のリサイタルでは、彼自身の個性が強過ぎたのではないのか。それが今では、そこにいる聴衆と「合気」しようとする無意識の姿勢が僕には感じられた。今回のコンサートに足を運んだ人々は、僕も含めて熱狂的なファンであるといえる。物珍しさに群がる一般のファンを一度蹴散らしておきながら、本当にわかってくれる人々だけを残して再度自らの芸術を提示する。時間をかけてそんな挑戦をしようとしたのではないかとも僕には思えるのである(考え過ぎかな・・・笑)。 […]

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