エーリヒ・クライバー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管 ベートーヴェン 交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」(1950.5.8録音)ほか

息子カルロスを借りてエーリヒ・クライバーの真価を知る。
(まるで仮を借りて真を知るが如し)

ヴァイオリン奏者ラインハルト・ウルブリヒトは、父親と息子、両方をクライバーを知っていた。その評価は、「二人は自らに容赦なく厳しい」というものだった。ウルブリヒトは、エーリヒ・クライバー以前に、これほどまでに厳しい指揮者というものを経験したことがなかったが、同時にこれほどオーケストラをうまく練り上げられる指揮者の経験もなかった。「彼は際限なく練習を要求しました。オーケストラの楽団長トレーバーはわざわざベルリンへと出向き、オーケストラは何度もその曲を演奏しているから練習はまったく必要ないと彼に言ったそうです。それに対してのクライバーの答え、『だからこそやるんですよ!』」エーリヒ・クライバーは、ドレスデンの人たちの心と記憶に残るような指揮をした。エーリヒの指揮による演奏会の数々は、いわば聴衆すべてが忘我の境地に陥るかのような、特別の時間であった。
アレクサンダー・ヴェルナー著/喜多尾道冬・広瀬大介訳「カルロス・クライバー ある天才指揮者の伝記 上」(音楽之友社)P362-363

完璧主義者だったその背景には、父エーリヒを超えようし続けた劣等感もあったのではなかろうか。

この時期、クライバーは来たるレコード録音と演奏会のため、ベートーヴェン、とくに第3番、第5番、第7番も研究しており、他の指揮者の録音には、楽譜に対してまったく無批判であり、勝手に取り扱っていると文句をつけていた。クライバーはその作品の原点に戻ろうとし、とりわけ大げさな表現やあらゆる異質な表現から解放されたいと願っていた。さまざまな演奏を客観的に観察した末に、手本としたのはやはり父親の録音だった。デッカから発売されていた、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と父親の指揮によるベートーヴェン《英雄》の録音は、市場に出回っている中で唯一聴くに堪え得るものだった。
~同上書P401

バイロイト音楽祭への引き合いがあり、ヴォルフガングと相当な折衝があった時期、カルロスは、ベートーヴェンの研究に勤しんでいたという。伝記を読めば読むほど、彼の性格が明確に見えてくるが、自身の芸術に対して完璧を目指すがゆえの偏屈であったことがわかって実におもしろい。
(それに、やっぱり父親エーリヒの影がずっと彼を追い込んでいたのだろうことがわかる)

カルロス・クライバーは、なぜベートーヴェンの「英雄」を録音しなかったのか。
やはりエーリヒが、その晩年に2度も(オーケストラを変え)レコードを残し、いずれもが「超」のつく名演奏だったからかどうなのか。

ベートーヴェン:
・交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」(1950.5.8録音)
・交響曲第7番イ長調作品92(1950.5.9録音)
エーリヒ・クライバー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

プロデュースは、ヴィクター・オロフとジョン・カルショウの名コンビによる。
この当時のデッカの録音は、いずれも生々しく、実に自然体の音楽が、強烈な音圧をもって迫ってくる様子が素晴らしい。

カルロスの方法が、かつての巨匠たちの名録音を聴くことと、自筆譜を具に読み込み、研究することだったと知り、指揮者としての(音楽家としての)彼の誠心誠意を思った(しかし、それも度が過ぎていたがゆえに人との摩擦を多々起こすことになってしまったのだが。何にせよ「適度」が一番だ)。

「英雄」交響曲の、精神の中心へと集中していく求心力と、雨中の外郭へと拡がらんとする遠心力は演奏の効果の他、録音の成果であるともいえまいか。特に第1楽章アレグロ・コン・ブリオにおける精神の高揚と終楽章アレグロ・モルトの弾ける喜びに、すべての演奏を凌駕するであろうエネルギーが漲る(さすがにカルロスはこれを超えることができないと判断したのかどうなのか)。

一方、第7交響曲の場合は、白眉は意外に遅いテンポを貫く終楽章アレグロ・コン・ブリオだ(こちらはカルロスに勝算があったのだと見える)。

エーリヒ・クライバー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管 ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」(1953.9.28録音)ほか エーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィル ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」(1953.4.11録音)ほか エーリヒ・クライバー指揮ロンドン・フィル ベートーヴェン 「田園」(1948.2録音)ほかを聴いて思ふ エーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィル ベートーヴェン第9番(1952.6録音)を聴いて思ふ エーリヒ・クライバー指揮コンセルトヘボウ管 ベートーヴェン「英雄」&第7番(1950.5録音)を聴いて思ふ エーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン「英雄」(1953.4録音)ほかを聴いて思ふ エーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン「英雄」(1953.4録音)ほかを聴いて思ふ エーリヒ・クライバー指揮ACOのベートーヴェン交響曲第5番&第6番(1953.9録音)を聴いて思ふ エーリヒ・クライバー指揮ACOのベートーヴェン交響曲第5番&第6番(1953.9録音)を聴いて思ふ

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