朝比奈隆指揮大阪フィル ブルックナー 交響曲第7番ホ長調(ハース版)(1975.10.26Live)

百戦錬磨の交響曲第7番ホ長調。
幾種もの同曲異演を聴いてきたが、朝比奈隆の解釈こそが完全だと僕は信じている。
墨絵のような音調を醸すハース版を使用し、テンポを極力揺らさず、「自我を排除した」演奏の極致。

朝比奈隆指揮大阪フィル ブルックナー第7番(1975.10.12Live)ほかを聴いて思ふ

かつて朝比奈は記者の質問に答え、次のように語ったとされる。

「“私なしに”指揮されなければならない」

これこそ「無心・無我・無為」という境地の顕現であり、朝比奈のブルックナーが感動的であることの証左だ。そして、江森一夫さんの、この交響曲についての以下のような言及がまたそのことを明確にする。

また、交響曲第7番が自作の宗教曲からモティーフを引用していることからみても(例えば第2楽章の第1主題は同じころに作曲された《テ・デウム》の終曲の旋律が引用されている)、ブルックナーがこの曲において、いかに宗教的法悦を意図したかがわかるだろう。

朝比奈隆指揮東響のブルックナー交響曲第9番ほか(1991.3.16Live)を聴いて思ふ 朝比奈隆指揮東響のブルックナー交響曲第9番ほか(1991.3.16Live)を聴いて思ふ

・ブルックナー:交響曲第7番ホ長調WAB.107(ハース版)
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団(1975.10.26Live)

1975年の大フィル欧州ツアーにおける、朝比奈の最終公演の記録。
オランダ、フローニンゲンは、オースターポート大ホールでのライヴ録音。
間延びしない、引き締まった、ほど良い残響が、ブルックナーの祈りの真意を見事にとらえる。

シューリヒトやクナッパーツブッシュ(あるいはマタチッチ)の名演奏と比較しても、間違いなく「我なし」であり、音楽そのものの顕現であるように僕には思われる。さらには、同時代のギュンター・ヴァントの名演奏ですら霞む、悠揚たるその解釈こそが、唯一無二と言っても良いのではないかと思われるほど素晴らしい。

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