シューリヒト指揮ハーグ・フィル ブルックナー 交響曲第7番ホ長調(改訂版)(1964.9録音)

奇人・変人アントン・ブルックナー。

1891年のある日のこと、ヴィーンのヴェーリンク墓地で、ベートーヴェンの墓が掘り起こされた。遺骨を中央墓地に改葬するためである。64年ぶりに日の目を見たベートーヴェンの遺骨は、遺体安置所に運ばれ、医師たちによる計測を受けた。
計測のあいだ、遺体安置所は立入禁止となった。だが一人の老人がそこへ押し入り、素早く棺に近づいてきた。彼は医師の静止にも耳を貸さず、ベートーヴェンの頭蓋骨をうやうやしく両手に捧げ持った。
帰りの馬車の中で、老人はほとんど口をきかなかった。だが鼻眼鏡の片方のグラスが無くなっているのに気づくと、彼は弟子に向かって顔をほころばせた。きっとそれはベートーヴェンの棺の中に納まっているにちがいない、と。この巨匠の前では、とりわけその『第九』の前では、自分はちっぽけな犬ころに過ぎないような気がする、と彼は常々言っていた。ベートーヴェンが『フィデリオ』初演後に「音楽屋の畜生」と呼ばれたことを思い出す度に、この老人は涙ぐんだ。
彼はこの3年前、シューベルトの遺骨が改葬された時も、その頭蓋骨に手を触れている。彼には頭蓋骨や死体に対する奇妙な執着があった。当時の若き心理学者フロイトにとって、この老人はさぞかし興味深い人物だったろう。

~田代櫂「アントン・ブルックナー 魂の山嶺」(春秋社)Pii-iii

田代さんには誤解があったようだ。
実際には、ベートーヴェンの墓の改葬は、1888年6月22日だった。
それはヴェーリンク墓地の移転に伴うものだった。

ただし、ブルックナーの奇癖については、田代さんの書いた通りだ。
ワーグナー同様、ブルックナーにとってもベートーヴェンは「神」だった。

小川典子のベートーヴェン/ワーグナー編曲交響曲第9番(1998.5録音)を聴いて思ふ 小川典子のベートーヴェン/ワーグナー編曲交響曲第9番(1998.5録音)を聴いて思ふ

その人となりはこの際どちらでも良い。
残された諸作の崇高さ、前人未到の境地を考えるに、やはり「選ばれし人」だったことがわかる。

シューリヒト&ハーグ・フィルのブルックナー交響曲第7番を聴いて思ふ

久しぶりにシューリヒトのブルックナーを聴いた。
交響曲第7番ホ長調。晩年にレコーディングした、ハーグ・フィルとの有名な録音だ。

・ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(改訂版)
カール・シューリヒト指揮ハーグ・フィルハーモニー管弦楽団(1964.9録音)

噛めば噛むほど、という言葉はこの録音のためにあるのかと思うくらい。かれこれ45年の間、ふと思い出したときに聴く演奏だが、ようやくシューリヒトの真意が見えてきたのではないかと今僕には思える。

「動の中の静」という意味において随一ではないかと思われる演奏。
言葉を変えれば「寧静(ねいせい)」ということだが、それは内なる佛智慧を発露することであり、この、決して巧いとは言えないオーケストラを十分にドライヴして、ブルックナーの内奥の静かな祈りの心を表わそうとする指揮者晩年の信念がそうさせた賜物だ。
(管弦楽の各パートの分離が良く、楽器がくっきりと浮き上がる)

個人的な好みは、ハース版を使用した、墨色の、堂々たるテンポで細部を描き出しながら進む朝比奈隆の演奏だけれど、その対抗馬としての、対極にあるこの演奏も必聴盤だと思う。
(改訂版特有の、第1楽章冒頭のホルン・パッセージも演奏されている)

ちなみに、シューリヒトにとって、ブルックナー開眼のきっかけは交響曲第5番だった。

大バッハ、マックス・レーガー、アルトゥール・ニキシュ、ギュンター・ラミンといった音楽家たちが住んだライプツィヒで、春のシーズンのブルックナーの交響曲第5番からその関係は始まった。かつてマーラーに魅せられたように、シューリヒトはブルックナーの作品を発見する。一度にすべてを解釈し尽くそうとせずに、時間をかけて理解を深めつつ、聖フローリアン修道院のオルガニストだったブルックナーの世界に迫っていった。あらゆるものがこの指揮者を驚かせた。作曲家の内面で果てしなく広がる輝き踊る心や静謐な世界、美しくも静かなる苦悩、祈りが払拭する疑い、ともに恍惚となる天上の調和。音楽形式上では、音楽構造への驚くべき感覚、間口の広い導入部、確固たる垂直構造、見事な諧調を描いて終幕とつながる展開部、力強い対比、稀に見る均衡感覚、「最終章」を導く旋律の暗示、そして変わらぬ華やかな管弦楽法。精神的な高さと深みから、オーケストラの可能な限り、このブルックナーの《巨大なる作品》を守り指揮することは、指揮者にとって宗教的な伝道というよりも、聖なる務めとなっていく。
~ミシェル・シェヴィ著/扇田慎平・塚本由理子・佐藤正樹訳「大指揮者カール・シューリヒト―生涯と芸術」(アルファベータ)P66

シューリヒトにとってブルックナー演奏は聖業だった。

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