アルバン・ベルク四重奏団 メンデルスゾーン 四重奏曲第1番(1999.3Live)ほかを聴いて思ふ

ハインリヒ・ハイネは言う。

偉大なる精神は、偉大なる精神によって形成される。ただし、それは同化によるよりも、むしろ多くの軋轢による。ダイヤモンドがダイヤモンドを研磨するのだ。
~ハイネ 「ドイツの宗教と哲学」

いかにも逆境を生きたハイネらしい。

1829年、フェリックス・メンデルスゾーンがバッハの「マタイ受難曲」蘇演を試みたとき、会場には国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世、ヘーゲルのほか、ハイネの姿もあったという。当時の思想や芸術を含む知性の先端がそこにはあったようだ。このとき、メンデルゾーンは弱冠20歳。ピアノによる通奏低音を駆使した浪漫の極みのバッハの演奏は、聴衆を魅了し、大成功だったという。

同年、メンデルスゾーンは、恋人ベティ・ピストアのために変ホ長調の弦楽四重奏曲を書く。明朗な曲調の中に哀感を伴う、モーツァルトさながらの、とても若書きとは思えない完成度の隠れた名品。
第3楽章アンダンテ・エスプレッシーヴォが切なく、美しい。当時のフェリックスの、充実した心の様が反映され、しかもそれをアルバン・ベルク四重奏団が的確にくみ取り、彼ららしい精緻なアンサンブルで表現するのだから堪らない。

フェリックス・メンデルスゾーンは、裕福な家庭で育った神童だと思われているが、天才というより秀才。それこそ幼少からの相応の努力と、それこそハイネが言うように多くの軋轢を体験してきた結果としての開花なのである。

メンデルスゾーン:
・弦楽四重奏曲第1番変ホ長調作品12(1829)(1999.3Live)
・弦楽四重奏曲第2番イ短調作品13(1827)(2000.6
Live)
アルバン・ベルク四重奏団
ギュンター・ピヒラー(第1ヴァイオリン)
ゲルハルト・シュルツ(第2ヴァイオリン)
トマス・カクシュカ(ヴィオラ)
ヴァレンティン・エルベン(チェロ)

18歳のメンデルスゾーンが、ベートーヴェンの死の数ヶ月後に、楽聖の最晩年の崇高な四重奏曲にインスパイアされ書いた作品がイ短調の四重奏曲である。第1楽章序奏アダージョから主部アレグロ・ヴィヴァーチェに移行する瞬間の尊さよ。何という浪漫!また、第2楽章アダージョ・ノン・レントの明るい抒情と歌!
短くも可憐な第3楽章間奏曲を経て、ベートーヴェンの作品132を下敷きにしたと言われる終楽章プレスト冒頭の激しくも劇的な表情こそメンデルスゾーンの天才の表れだろう。

それにしてもアルバン・ベルク四重奏団の演奏の余裕と自信はいかばかりか。
灼熱のパッションが放出され、音楽は有機的に拡がり、時間は永遠となり、聴衆が金縛りになっている様がよくわかる。

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5 COMMENTS

桜成 裕子

おじゃまします。このCDを聴いてみました。ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲に触発されて作曲されたという2番は、随所にそれらしい和音や音の運び方が垣間見られて(聴かれて)、なるほどと興味深かったです。正直に言うと、実は私はベートーヴェン好きと大見得切って言えない秘密があり、それは12番から16番まで(13番・15番・d16番の若干の楽章を除き)の、ベートーヴェンが晩年に達した精神の高みが結集されているという弦楽四重奏曲の素晴らしさが今一つピンときていない、ということなのです。似非ベートーヴェン好きなのです。なので、14番を聴いて「この上自分たちに何ができるのか。」と言ったというシューベルトや若干18歳でそれらに触発されて素晴らしい曲を書いたメンデルスゾーン(父や当時の作曲家の、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲に対する不興・無理解にも拘わらず)に対して畏敬し、天才同士でないとわからない世界のようなものなのかなあ、とも思わずにはいられないのですが、そのような自分が残念で情けないです。とはいえ、このメンデルスゾーンの2番はベートーヴェンの様式を採り入れているとはいえ、私にはロマン的で高貴で素敵な曲に思えます。(陳腐ですが)心が洗われるようです。この違いはなぜでしょうか。やはり18才と50代後半という心の風景の違いなのでしょうか。メンデルスゾーンとベートーヴェンという人間の個性の違いなのでしょうか。幼稚なことを長々と書いて恐縮です。これから自分なりに探求していきたいと思います。もし、ベートーヴェンの後期に達した精神の高みが如実に感じられると思われる演奏がございましたら、ご示唆ください。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

ベートーヴェンの後期四重奏曲は後期ソナタ同様、人類の至宝ですからぜひ聴き込み、自分のものにしていただきたく思います。一番良いのは実演に触れることなのですが、
https://classic.opus-3.net/blog/?p=13703

それが叶わないのであれば、例えば、
①ラサール四重奏団
https://classic.opus-3.net/blog/?p=19603
https://classic.opus-3.net/blog/?p=17293
②東京クヮルテット
https://classic.opus-3.net/blog/?p=20559
https://classic.opus-3.net/blog/?p=19588
https://classic.opus-3.net/blog/?p=17321
③アルバン・ベルク四重奏団(ライヴの新盤)
④スメタナ四重奏団
https://classic.opus-3.net/blog/?p=2741

あたりでしょうか。

ちなみに、メンデルスゾーンとベートーヴェンの違いについては、私見ですが、芸術性というか霊性の格段の違いだと僕は思います(根拠はありませんが、メンデルスゾーンはあくまで人智の域にあり、ベートーヴェンは人智を超えております)。

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桜成 裕子

岡本 浩和 様

 丁寧にご示唆くださり、ありがとうございました。「果たしてこの音楽を当時の人々は受容し得たのか?現代だって正しく理解できている人がどれだけいるのか?真に深い、「答のない問い」のよう。」少し変な安心をしたりして…当時の作曲家シュポアという人がベートーヴェンの後期四重奏曲を「わけのわからない、取り返しのつかない恐怖」と評し、メンデルスゾーンの父アブラハムを含め多くの者が同意していたとか、パリの演奏会で聴いたベルリオーズがそばの友人に「この聴衆の中で何人が理解しているだろう。」と言った、と読んだことがあります。
 身近に演奏会があれば聴きに行くようにしているのですが、演奏会の絶対数が少なく…(先日、広島で東京カルテットの創設メンバーである原田禎夫さんが出演される演奏会に思い切って出かけました。ブラームスの六重奏曲でした。)
 ラサールカルテットのCDがあるので聴いてみます。初期の東京クァルテット、ブダペスト、ベルリン、ジュリアード、ブッシュ、ゲバントハウス、グァルネリ等の演奏も聴けるので、ご示唆頂いた演奏をはじめ、これらも聴きこんで、ぜひ自分のものにしたいと思います。岡本様のおかげで「ミサ・ソレムニス」アレルギーを克服できたように。霊性の違いで、どんなにあがいても受け止められないのでは?と考えないようにします。いつもありがとうございます。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

はい、まずはラサール盤を繰り返し聴いてみてください。
あと、少々横道にそれますが、作品131に触発された映画があります。
ヤーロン・ジルバーマン監督「25年目の弦楽四重奏」。
https://classic.opus-3.net/blog/?p=14428

理解の助けになるかどうかわかりませんが、念のためシェアしておきます。

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桜成 裕子

岡本 浩和 様

 ラサールを繰り返し・・・わかりました。 それと映画のご紹介もありがとうございます。グァルネリ四重奏団のエピソードがストーリーに組み込まれているのも魅力です。多方面でのアプローチのご示唆、ありがとうございます。

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