
大自然の運行の不思議、あるいは奇蹟。
お盆が過ぎると、急に秋の気配が押し寄せる。もちろん立秋を越えているので当然のことと言えば当然なのだが、それにしても図ったように毎年8月16日を境に、明らかに空気感が変わるのである。
空を見れば蜻蛉が飛び、いよいよ初秋かと感じさせると同時に、一抹の寂しさを人間に感じさせる奥妙さ。人間の知識など大自然の、植物の叡智に敵うものではない。
内声部を強化した、あるいは内声部を重視したブラームスの音楽が恋しい。
高原で一人静かに音楽を聴くのだが、心に迫る、魂に響く音楽をブラームスは数多く書いた。
特に、最晩年の巨匠の音楽は、孤独感を醸すと共にあまりに美しいもので、僕は若い頃からとても愛好した。
ネット・サーフィンをしていて当たったのが、タカーチ四重奏団に今井信子が加わった弦楽五重奏曲第2番。「まだまだ!」という活力に漲る好演は、聴く者を幸せにする。
(さすがにホテルでの演奏だけあって奏者と聴衆の距離が近い!)
(これぞ室内楽を聴く喜び!)
・ブラームス:弦楽五重奏曲第2番ト長調作品111(1890)(1997Live)
タカーチ弦楽四重奏団
エドワード・ドゥシンベル(ヴァイオリン)
カーロイ・シュランツ(ヴァイオリン)
ロジャー・タッピング(ヴィオラ)
アンドラーシュ・フェイエール(チェロ)
今井信子(ヴィオラ)
ドイツ、バーデンヴァイラーは、ホテル・レーメルバートでの収録。
おそらくヨハネス・ブラームスの没後100年を記念しての公演だったのではないかと思われる。
内気ながら内発するパッションの発露こそブラームスの音楽の真髄だが、5挺の弦楽器が繰り出す激しさと静寂の対比が見事にブラームスの矛盾した内面を抉り出す。
タカーチが描く晩年とは思えないブラームスの内面世界は、いまだ恋するヨハネスのエロスの賜物のように思えてならない。
今井信子の言葉に僕は感動する。
私はヴィオラを天命だと思って、迷うことなく飛び込んでいったので、ここまであっという間でした。今の若い人には、誰に師事して、どの学校を受験して、どの音楽祭に参加して、といったルートがある程度示されていますが、私にはそうしたものは全くありませんでした。自分で道を作って、自分のやり方を見つけてやっていくしかなかったんです。でも、それが楽しかったのです。チャンスも人との出会いも、天から降ってくるようなものばかりでした。
ヴィオラを始めるときは、誰にも相談しませんでした。相談して、何か言われるのが嫌だったからです。当時の桐朋学園にはヴィオラ科もなく、ヴィオラの先生もいませんでした。ヴィオラを売りたい人が鎌倉にいると新聞広告で知って、ようやく自分の楽器を手にすることができました。大きな楽器で、コンディションも良くないものでしたが、その楽器を持ってアメリカへ渡りました。そのようにして、私のヴィオラ人生が始まったのです。
~八木宏之「今井信子傘寿記念演奏会に寄せて」
臆せずチャレンジングであること。
そして何より続けることが成功の秘訣。

