半藤一利さんの「当て字の話」(2012年3月)。 昨年末放送のNHKドラマ『坂の上の雲』で、ロシアの軍港ウラジオストックを、俳優さんたちが「ウラジオ・ストック」と真ん中で区切って言っているのがやたらと気になった。日本と歴 ... ]]>

半藤一利さんの「当て字の話」(2012年3月)。
昨年末放送のNHKドラマ『坂の上の雲』で、ロシアの軍港ウラジオストックを、俳優さんたちが「ウラジオ・ストック」と真ん中で区切って言っているのがやたらと気になった。日本と歴史的につながりの深い港湾都市であるから、浦と塩とが連想され、ストックは在庫で、なんとなく倉庫の立ちならぶ港町を思い描く人も多いらしい。
それに、昔の人はこれを浦塩斯徳と書いた。もちろん当て字である。こう書かれれば、どうしたってウラジオ・ストックと読んでしまう。
正しくは「ウラジ・オストック」と区切って読む。1961年に打ちあげられた初の有人飛行船は名をウォストークといった。じつはこのオストックも、ウォストークまたはヴォストークと読むほうが原音に近いそうな。意味は、「東方」。そしてウラジとは支配すること。で、ウラジ・オストックは東方支配の拠点、つまりロシアの東進政策のシンボル港の意味をもっている。
明治の人はとにかく言葉を漢字化することにものすごい情熱をそそいだ。アメリカを亜米利加、イギリスを英吉利、フランスを仏蘭西、ドイツを独逸。それはまったく使わなくなったいまも米国、英国、仏国、独国と短くなって生き残っている。とくに手紙を候文で書くとき漢字で書こうとしたから、矢張、目出度、浦山敷などと当て字をどしどし採用した。結納に使う勝男節、寿留女、子生婦なんかは縁起をかついだ珍妙な当て字である。
この当て字の名人に夏目漱石がいることは知られている。魚の秋刀魚を三馬と書いたり、」バケツを馬穴としたりは有名であろう。『坊っちゃん』には「道具屋を呼んで来て、先祖代々の瓦落多を二束三文に売った」とか、「下宿の五倍くらい八釜しい」とか、いかにも漱石的漢字で読む方も楽しくなる。
~半藤一利「歴史探偵 忘れ残りの記」(文春新書)P64-65
「ロマンティック」を「浪漫的」としたのも同じようなケースだと思った。
ラファエル・クーベリックのブルックナーに触発され、久しぶりに「ロマンティック」を聴いた。
レーヴェ改訂版(フルトヴェングラー盤、クナッパーツブッシュ盤)に慣れた耳に、原典版(ノヴァーク版)は実に新鮮だった。
それこそブルックナーの本懐たる「動静相まってキレが生じる」を体現する音楽に、当時、僕は唸った。そしてまた、久しぶりに耳にしたクーベリックのブルックナーに力を感じ、音楽宇宙の拡がりのあまりの美しさを思った。
・ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(ノヴァーク版1878/80稿)
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団(1979.11.18-21録音)
ミュンヘンはヘルクレスザールでの録音。
高校生の僕にブルックナーの清澄な響きと宇宙の拡がりを思わせてくれた想い出のレコード。
今日も感激した。
アントン・ブルックナーは天才だ。
クーベリックのブルックナー第4交響曲を聴いて思ふ
800年も前のことだが、真理はもちろんそこにあった。 この時代の精神的状況を語るものとして、二つの重要な古典がある。一つは鴨長明の『方丈記』であり、もう一つは『平家物語』である。長明が『方丈記』を書いたのは「建暦の二年、 ... ]]>

800年も前のことだが、真理はもちろんそこにあった。
この時代の精神的状況を語るものとして、二つの重要な古典がある。一つは鴨長明の『方丈記』であり、もう一つは『平家物語』である。長明が『方丈記』を書いたのは「建暦の二年、弥生のつごもりごろ」と自ら記している。それが建暦2(1212)年3月末日であったとすれば、その約2カ月前の1月25日に法然は80歳で死んでいる。長明はこのとき60歳なので、長明の方が法然より20歳若いが、ほぼ同時代の人と考えてよいであろう。それゆえに、この『方丈記』は下鴨の社家の子として生まれて志を得ず、やむなく隠遁者となった同時代の知識人が見た、この時代の世相の記録であるといってよいであろう。
~梅原猛著作集10「法然の哀しみ」(小学館)P167
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
移り行く世界をこれほどまでに端的に、そして情緒的に表現した文章があろうか。
このような言葉で示されるのは、無常という思想である。
わが故郷には紫香楽宮遺跡がある。紫香楽宮は聖武天皇がわずか3年だけ都をおくことを計画し、かの大仏発願を成した土地でもある。740年頃、地震、大火など、天才に見舞われたことで(陰謀説もあるが)、天皇は遷都を決意し、後の平安京につながるといわれる。
そしてまた、政治的権力が頻繁に変転する時代において、政治的主張は危険ということもあり、長明は政治について一切語っていない。
このような政治的事件にいっさいふれようとしない『方丈記』に対して、同時代の政治的事件、つまり平家の滅亡、源氏の興隆という事件を、滅びゆく平家側に視点をあてて語ったのが『平家物語』であろう。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。(平家物語巻第一)
という冒頭の言葉は、『方丈記』の冒頭の言葉とともに広く知られている。そしてそれは同じように無常という思想を語っている。しかし無常の語り方が『平家物語』と『方丈記』ではちがう。『方丈記』がこの時代に起こったことをすべて天災とみて、無常はすべての人に降りかかるこの世の道理であるとみているのに対して、『平家物語』は平家一門に視点をあて、この平家一門を襲った無常の物語を語っている。平家ほど短期間に栄位に上った氏族はない。それはおそらく、平清盛という先見性をもった稀代の政治家の能力に負うところ大だったのであろう。
~同上書P171
どういう視点で語られようと、世界の無常は昔も今も。そして未来も変わらない。
そして、道理というものは1万年前も1万年後も変わらないものなのである。
単伝独授の時代、法然は善導が作った「観無量寿経」の注釈書「観経疏」を読み、浄土宗という一宗派を創立したという。
韋提希はつくづくこの世がいやになった。「この世には地獄、餓鬼、畜生が満ち、多くの悪い人間がいる。私は悪い人のいない、悪い話を聞かない、そういう世界に行きたい、そういうきれいな世界を見せてほしい」と釈迦に懇願する。そこで釈迦は眉間から光を放って、十方無量の美しい国々を韋提希に見せる。しかし韋提希は、「このような世界はすべて美しく光り輝いていますが、私は阿弥陀仏のいらっしゃる極楽世界に生まれたいと思います」と頼む。釈迦は韋提希に「阿弥陀仏のいるところは、遠くない。しかし、あなたのような凡夫はまだ天眼を得ていないので、遠くを見ることができない。ちがった方法であなたにそれを見ることができるようにしよう」というと、韋提希は「私はお釈迦様のおかげで、その国を見ることができますが、お釈迦様が亡くなった後に、そういう悪い世の中に生きている凡夫は、どうして阿弥陀仏の世界を見ることができるのでしょうか」と問うた。そこで釈迦は韋提希に十三の観想の法を教えるのである。それを定善というが、一口にいえば。それは阿弥陀様の住む極楽浄土と阿弥陀様のようすを、目を開いていても目を閉じていても、いつもありありと眼前に見ることができるという、いわば想像力の訓練なのである。
~同上書P203-204
実際にはこれは訓練ではない。
開眼の縁と機会さえあれば訓練などせずとも見えるようになるのである。問題は、そういうことではない。それよりも、極楽浄土というものを実際に僕たちが生きるこの世界に建設できるかどうかが最大の問題であり、今を生きる僕たちの最大の課題なのである。
時代の経過とともに人間が見失ってしまったもの。
「側」に執らわれ、本性そのものをとらえられなくなった人間の因果。
第一念を大切にしたいところだ。
・ブルックナー:交響曲第3番ニ短調(エーザー版1877年第2稿)
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団(1980.10.13&14録音)
ブルックナーの音楽はいわば真理とつながる第一念たる第1稿が素晴らしいと思う。改訂を重ねるにつれ、整理整頓された音楽は耳に心地良いのは確かだが、ブルックナーの本性を映し出していないと今の僕は思う。
ただし、何にせよ版の問題ではなく、指揮者の解釈が、演奏者の心魂がブルックナーの本質に届いているかどうかが鍵になる。その点、クーベリックの第3番ニ短調は、リリース当初から愛聴している録音であり、(刷り込みということもあろうが)(第4番変ホ長調「ロマンティック」同様)今もって素晴らしい名演奏だと思う(全集が完成されなかったことが残念でならない)。白眉は終楽章!!
クーベリックのブルックナー第4交響曲を聴いて思ふ 新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
底なしのイマジネーション。でき上った映画はどれもがあまりに深い。というより、解釈の幅が広過ぎるゆえ、だからこそタルコフスキーの世界にひとたびはまると、蟻地獄の如く終わりなく引きずり込まれるのだ。 日本古典詩が、つねに私を ... ]]>

底なしのイマジネーション。
でき上った映画はどれもがあまりに深い。
というより、解釈の幅が広過ぎるゆえ、だからこそタルコフスキーの世界にひとたびはまると、蟻地獄の如く終わりなく引きずり込まれるのだ。
日本古典詩が、つねに私を驚かせるのは、それがイメージの最終的意味を暗示することさえ原理的に拒絶していることです。字謎(シャラード)なら、最後には解釈に身を委ねます。日本の俳句や短歌が、イメージを培養するために使う手段というのは、それを使うと最終的意味を失うことになりかねないような手段なのです。俳句や短歌は、それ自体のほかにはなにも意味していません。にもかかわらず、非常に多くのことを意味しています。ですから、その本質を捉えるための長い道を辿っていくと、最後に、最終的意味を捉えることは不可能なのだということを自覚させられるのです言いかえれば、イメージは、視野の狭い、概念的な形式に嵌めこむのが難しいものほど、その使命に正確に答えているというわけです。
俳句の読者は、自然に溶け込むように、俳句のなかに溶け込まなければなりません。俳句に没頭し、その深みのなかで我を忘れなければならないのです。上限も下限もない宇宙のなかに沈んでいくように、そのなかに沈んでいかなければならないわけです。俳句の芸術的イメージはきわめて深淵なので、その深さを測定することは全く不可能です。こうしたイメージが、生きた直接的観察から生みだされるのです。
(訳・構成=鴻英良「タルコフスキーによるタルコフスキー パート1、映像の自立性」)
~「月刊イメージフォーラム」1987・3増刊No.80追悼・増補版「タルコフスキー、好きッ!」(ダゲレオ出版)P71
受け手に必要とされるエンドレスな想像力は、タルコフスキーの映画にもそのまま当てはまる。彼が芭蕉に影響を受けたことは間違いない。そして彼は続ける。
日本人は、たった3行で、世界に対する関係を表現できたのです。彼らは現実を観察しただけではありません。観察しながら、その意味を表現したのです。正確で具体的であるほど。観察は、それだけユニークなものになる、反復不可能なものであればあるほど、それだけイメージに近づくのです。人生はどんな虚構よりも幻想的だと語ったのは、ドストエフスキーでした。観察は映画的映像の基本原理なのです。
~同上書P71
日本人の感性の美しさ、シンプルさを象徴する言葉だ。
「ノスタルジア」の冒頭を思う。
ヴェルディのレクイエムから「入祭文〈レクイエム〉とキリエ」が幻想的な映像をさらに幻想的にする。
タルコフスキーの映画は、常に調和と希望のトーン、永遠に失われたように思えたものへの明るい回帰で終わる。『ノスタルジア』と『サクリファイス』は、現代に、存在するこの世界の境界を越えた別の現実のうちに溶け込んでいる。それはイタリアであり、北海のどこかの小さな島である。それは、文化の古い敷石と、その快適さと、その理念的、政治的闘争の張り詰めた活力を持った現代ヨーロッパなのだ。原子力の黙示録を前に、不信と恐怖にうちひしがれた人間のいるヨーロッパである。「団欒はない。安らぎもない」、けれど剝き出しの神経、自分自身への倦怠感、孤独、他人との接触の複雑な軋轢は存在する。
(ヴェーラ・シートワ/大月晶子訳「魂の中心への旅」)
~アネッタ・ミハイロヴナ・サンドレル編/沼野充義監修「タルコフスキーの世界」(キネマ旬報社)P204
暗に東洋世界への憧れを説くアンドレイ・タルコフスキーの真骨頂。
朝比奈隆のヴェルディを聴く。
大阪はフェスティバルホールでのライヴ録音。
おそらく副指揮者の堀さんのサポートなくして成せなかったであろう御大のヴェルディだが、ごつごつした、いつものような愚直な表現が朝比奈御大ならではで、個人的にとてもシンパシーを感じる1枚。願わくば東京で舞台にかけてほしかったところだが、実演で聴いた時にどれほどの感動が伝わったのか知りたいもの。
(御大が最も輝いていた、そしてまた文化勲章受章によって圧倒的人気を獲得した翌年のライヴだけになおさら)
往く年、来る年。
今年も大変お世話になりました。
来年もまたよろしくお願いします。
一世一代。スルメのように、時間をかけて聴けば聴くほど味わい深まる逸品。ついに録音叶った当時、待ってましたとばかりに手中にし、耳を傾けたものの、当時の僕には荷が重かったのだとみえる。30余年の歳月を経て、久しぶりに聴いたロ ... ]]>

一世一代。
スルメのように、時間をかけて聴けば聴くほど味わい深まる逸品。
ついに録音叶った当時、待ってましたとばかりに手中にし、耳を傾けたものの、当時の僕には荷が重かったのだとみえる。
30余年の歳月を経て、久しぶりに聴いたロストロポーヴィチは素晴らしかった。
晦日にヨハン・セバスティアン・バッハ。
アンドレイ・タルコフスキーの没後40年のその日まであと1年という日に、タルコフスキーが愛したバッハを心静かに聴く。
『サクリファイス』では、主人公は、長い年月をかけて手入れをした家を焼く。なぜ? 妻とうまくいっていないから? それともこれはまさに犠牲であり、木が花を咲かせ、口の利けない息子が話すようになるための生贄であるからなのか。主人公の住んでいる島は、空を飛ぶ飛行機とわけのわからない振動で、ひっきりなしに鈍い唸り音を立てている。神に向けた告白で、主人公は、人類を守ってくださいとお願いする。彼はそれを、目に涙を溜めて、人が息子のことを頼むようにして頼むのだ。
『サクリファイス』では、ドストエフスキーのことが話題になるが、それは、もちろん偶然ではない。ドストエフスキーがはじめて、かくも鋭くこの問題を、人類に提示したのであった。すなわち、技術的進歩は十分に人間を満腹させ、調度品を保障する。しかし、物質的な幸福に満足した人々は、そうしたすべてを追い求めて「なぜ生きねばならないのか?」と問うこともできず、いつか泣き叫ぶことになるのだ。アレクサンデルが過去との架け橋を焼き払うとき、彼は異常であると判断され、精神病院に運ばれたのである。日常的な意識はそのようにして歴史的意識と衝突し、それに優越するのだ。
(セミョン・フレイリフ/大月晶子訳「時間の鋳型」)
~アネッタ・ミハイロヴナ・サンドレル編/沼野充義監修「タルコフスキーの世界」(キネマ旬報社)P277-278
過去心、未来心、そして物質的欲求に執らわれる人類への明らかな警告。
宗教が科学に駆逐された20世紀にあって、神を否定する共産主義の中で、芸術を通して彼は抗った。あるいは、ドストエフスキーはロマノフ王朝後期の混迷の中で、やはり文学を通してそれに抗った。
タルコフスキーがバッハの音楽の中に見たものは何だったのか?
私が提示している理論的要求に、私がいつもうまく応えてきたかどうか、私には分からない。しかし、映画は音楽をまったく必要としていない、と私は心の奥でひそかに信じている、と言っておかなければならないだろう。けれども、私はまだ、音楽を使っていない映画をつくっていない、『ノスタルジア』と『ストーカー』でその方向に向かいはじめているけれども・・・少なくとも、これまでのところ、音楽は私の映画のなかで、いつもしかるべき位置を占めてきたし、重要かつ貴重な存在であった。
私は音楽がスクリーンでの出来事の平板な図解であってはならないと願っているし、また、私の望むように観客に映像を見てもらうために、映っている対象のまわりには、情緒的なアウラのようなものが感じられればいいと思っている。いずれにせよ、映画の音楽は私にとって、よく響きわたるわれわれの世界の自然な一部であり、われわれの生活の一部なのだ。
~「月刊イメージフォーラム」1987・3増刊No.80追悼・増補版「タルコフスキー、好きッ!」(ダゲレオ出版)P70
彼にとってバッハは、おそらく特別なものだった。
生活の一部であり、世界の自然な一部だった。
ヨハン・セバスティアン・バッハ:無伴奏チェロ組曲
・第2番ニ短調BWV1008
・第3番ハ長調BWV1009
・第6番ニ長調BWV1012
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)(1991.3録音)
老練、明朗快活、あるいは自然。
もちろんこの録音をタルコフスキーは知らない。
しかし、ロストロポーヴィチの弾くバッハを彼は生前聴いていたことだろう。
満を持して巨匠が録音したバッハを、もし彼が生きていたらどんなに絶賛したことだろうか。
音楽は澄み渡る。
どこまでも清らかで、どこまでも心を静かにさせ、(ある意味)大宇宙への感謝の念を喚起する。
たしかに私の映画のなかには、たくさんの水が出てきます。水や河や小川が、私に非常に多くのことを語りかけてくるのです。私はこういう水がたいへん好きです。海はどうかですって? 海は私の内的世界とはどこか異質のところがあります。 ... ]]>

たしかに私の映画のなかには、たくさんの水が出てきます。水や河や小川が、私に非常に多くのことを語りかけてくるのです。私はこういう水がたいへん好きです。海はどうかですって? 海は私の内的世界とはどこか異質のところがあります。一様な空間が広がりすぎているからでしょうか。私の〈個〉としての観点からいうと、〈マクロ・コスモス〉よりも〈ミクロ・コスモス〉のほうが、はるかに多くのことを語りかけてきます。巨大な空間よりも、小さな制限された空間のほうが、多くを語るのです。日本人の自然観、彼らの自然にたいする態度が好ましく思われるのは、このためです。日本人の空間は非常に小さい。彼らはその小さな空間に集中していき、そのなかに無限の反映とでもいうべきものを見出すのです。このような閉じられた空間のほうが、私にはいっそう身近に思われます。
ロシアでは、イタリアよりもはるかに多く、大量の水を見ることができます。私は水が物として好きなのです。なによりも水は、謎めいた物質です。御存知のように、水はH₂Oという単純な分子ひとつで構成されています。しかしこのことでさえたいして重要ではありません。問題は水がとてもダイナミックだということです。水は動きを、深さを、変化や色彩を、反映を伝えます。これは地上でもっとも美しいもののひとつです。水よりも美しいものは、存在しません。水のなかにその姿を映しだすことのなかった現象は、自然のなかにはひとつとして存在しません・・・おそらく、水を示すためにひとつの側面だけを取出すことは、正しくないでしょう。私には水のない映画など、考えることができません。
~「月刊イメージフォーラム」1987・3増刊No.80追悼・増補版「タルコフスキー、好きッ!」(ダゲレオ出版)P69
タルコフスキーの思考の原点たる「水」。
「海」とはまた異質だというのは、分霊たる一滴の「水」そのものを我が身に彼は感じていたのだろうと思う。しかも、現代社会の問題たる分断を、彼は人一倍痛感しつつ、映画を通じてその統合を図ろうとしていた。
「水」はシンプルだ。そしてまた、真理そのものだ。
上善は水の如し。
(老子)
水が持つ柔軟性、謙虚さ、万物への恩恵など、僕たちは学ばねばならない。
そして、タルコフスキーが言うように、水はとてもダイナミックで美しい。
アントン・ヴェーベルンからピエール・ブーレーズを通じてジョン・ケージへ。
ケージはそこから啓示を受け、音楽に沈黙を持ち込んだという。
(それはまさにイングマール・ベルイマンやアンドレイ・タルコフスキーの映像世界と通じる)
タルコフスキーの「ノスタルジア」
ベルイマンの「魔笛」を観る 楽譜の廃止こそが音楽史のクライマックスだった。
規則的な相互作用、あるいは一貫性、そういった制約から解放された、いわばアナーキズムこそジョン・ケージの青写真だった。
地球が汚染され、夜空に星が見えなくなる寸前のあの頃、ケージは黄道沿いの最も明るい星々を楽譜に記した。56の器楽のための「アトラス・エクリプティカリス」は1961年に作曲された。
1958年の「ヴァリエーションズI」では、あらゆる人数、あらゆる種類、そして数々の音響生成手段を用いて、ケージの作曲プロセスは極限へと進み、絶対的不確定性へと傾斜した。無限に多くのバリエーションが可能になり、音楽の問題は根本的に、音楽を可能にする問題へと変容した。
ケージとバッハを対比したとき、それぞれの音楽は独自のものでありながらチェロの特性を最大限に生かさんとするミクロ・コスモスの顕現だということがわかる。
水の如く柔軟であれ。
マラルメ作品のために、僕はバッハの声楽曲を全部持って来た。何たる心の糧! 甚だしい威嚇だね。
(1950年6月、ブーレーズからケージへ)
~ナティエ&ピアンチコフスキ編/笠羽映子訳「ブーレーズ/ケージ往復書簡1949-1982」(みすず書房)P94
バッハはあまりに偉大だとブーレーズは恐れ慄く。
ケージは答える。
君は「リズムおよびその十二音音楽技法との関係」;「ラヴェル、シェーンベルクおよびストラヴィンスキー」;「アントン・ヴェーベルンの業績」について講演でき、自作の第2ソナタを演奏し、かつ分析できると言っておいた。でも、最終的に、君がしたいことを言えばいいんだ。僕はまた君のためにタングルウッドでの講演の手はずを整えてみるつもりだ(ということはA.コープランドに頼んで)。
(1950年6月24日付、ケージからブーレーズへ)
~同上書P100
何と素晴らしい切磋琢磨!
アンドレイ・タルコフスキー39回目の命日に。
(朝比奈隆の24回目の命日でもある)
ガウヴェルキのジョン・ケージ「チェロのための作品集」(2002.12録音)を聴いて思ふ
アンドレイ・タルコフスキーは、日本文化に、否、日本人に、日本そのものに一目置いていた。日本国こそが扶桑の葉であり、経世済民をモットーとする、21世紀にこそ必要な国であることがわかっていたのだろう。(明治維新の志を思い出せ ... ]]>

アンドレイ・タルコフスキーは、日本文化に、否、日本人に、日本そのものに一目置いていた。日本国こそが扶桑の葉であり、経世済民をモットーとする、21世紀にこそ必要な国であることがわかっていたのだろう。
(明治維新の志を思い出せと、当時の志士たちは口を揃えて言う)
反対に、タルコフスキーにとって映画の創造はシンボルの生産ではなく、「〈時間の彫刻〉」である。彫刻家が粘土から自分の立体的な、三次元的な作品を作るように、映画作家は現実的な本物の運動の断片から「〈個人的な時間の流れ〉」を組み立てる。この流れは明確な、厳密に規定された指向性を持っている。それは、「君が、自分がショットの中に見ているものは視覚的な連鎖に尽きるのではなく、ただ何か〈ショットの外に〉広がっているもの、ショットから〈人生の中へ〉入ることを可能にするものを暗示しているだけだということを意識する時に」、感じられるものになる。そこに、ショットの枠の外に観客を連れ去るのは創造された時間の奔流であり、映像は立体性や多様性や流れの一体性のおかげで、現実自体と同じくらいに汲み尽くしがたいものとして知覚される。こうした無尽蔵さは、タルコフスキーによるとごく小さな17音節の発句にさえ固有のものであるが、何故ならそれらは「自らのイメージを方法にまで育て上げ、その結果・・・その究極的な意味を失っているからだ。それらは自分自身以外には何も意味しないが、それと同時に余りに多くのものを意味しているので、それらの本質を理解する長い道程の果てには、その最終的な意義をとらえることが不可能であることが理解されるのだ」。
発句に対するこのような見方は、日本の民族的伝統に合致している。「映画映像について」という論文の中でタルコフスキーは、このジャンルの創始者である松尾芭蕉(1644-1694)の詩、特にその中でも最も有名なものを引用している。
古い池。
蛙が水に飛び込む。
しじまの中の水音。
(古池や蛙飛び込む水の音)
既に3百年近くも、「古池」は傑作と見做されている。その3つのごく短い文、そのうち二つは名詞文であるが、それらは単に見体的事実を伝えているだけである。それと同時に、それらは静まりかえった世界の無限性を感じさせる。それ(世界)は孤独な、疎外された人間にとって、沈黙している。色彩や音や現実の出来事は、まるで人間を見捨て、見えるものと聞こえるものの境界外にあるようだ。蛙によって引き起こされた、死のような静けさの微かな攪乱は、詩人を取り巻く静寂の広漠たるやり切れなさを鋭く強調している。
(ワレンチン・ミハルコーヴィチ/西周成訳「映像のエネルギー」)
~アネッタ・ミハイロヴナ・サンドレル編/沼野充義監修「タルコフスキーの世界」(キネマ旬報社)P335
タルコフスキーは、俳句の内なる真理をいつぞや体得し、映画映像について論を展開する中に引用したのだと思うが、人間が思考や感情に左右されている以上は、本来静かな世界とはますます乖離し、そこに孤独というものが生まれるのだということまでは当時理解できなかったのかもしれない。
人間は見捨てられてはいない。
むしろ人間が世界を、真理を見放してしまったのだということを知らねばならない。
ゆえに僕たちは誰しも本性を開示し、本当の自分を明らかにする必要があるのである。
ミハルコーヴィチは論を続ける。
3行の短い句が何世紀も想像力を刺激しているからには、つまり、その中に含まれている感化のエネルギーの蓄積が極めて大きいということだ。もう一人の詩人、香川景樹(1768-1843)は、この有名な詩に自分の短歌を捧げた。
たとえ私が
古い池の
秘められた奥底を究めなかったにせよ、
今では聞き分けられる
しじまの中の水音を
(ふりにける池の心はしらねども今も聞ゆる水の音かな)
香川景樹は水音を聞き、また世界を孤独と沈黙の無限空間として感じているが、(芭蕉の)詩に固有の感化のエネルギーは詩人にとって謎のままだった。彼は「古い池の奥底を・・・究めなかった」。
~同上書P335-336
感化には、すなわち成全には、自らの内側を静寂に調えねばならないということだ。
西洋音楽の分野におけるアントン・ヴェーベルン。
残された作品数は少ないが、年齢を重ねるごとに緻密な、理知の塊のような音楽が生み出される。アントン・ヴェーベルン全集から1枚。
「動静相まってキレが生じる」とはまさにヴェーベルンのためにあるような真理だ。
空白、休符、時代とともに変遷するヴェーベルンの音楽は、後期ロマン派の影響を脱した頃から、ほぼ微分された極小世界の、ミクロコスモスの、止まることによるキレをいかに表現できるかが演奏の良し悪しの分岐点だ。
エマーソン弦楽四重奏団の演奏は、現代的理知の顕現でありながら人間的情感を忘れない、バランスの取れたものだ。
エマーソン弦楽四重奏団のヴェーベルン室内楽作品集を聴いて思ふ アントン・ヴェーベルンはバッハの対極にありながら対(つがい)の存在であるように僕は思う。それくらいにシンパシーを覚える作曲家だ。
久しぶりにアンドレイ・タルコフスキーにまつわる書籍をとっかえひっかえ読んでいる。(昨日は何年ぶりかで「サクリファイス」を観た) 巨匠が亡くなって40年近くが経過するが、ようやく彼の思考に世界が追いついてきたのではないかと ... ]]>

久しぶりにアンドレイ・タルコフスキーにまつわる書籍をとっかえひっかえ読んでいる。
(昨日は何年ぶりかで「サクリファイス」を観た)
巨匠が亡くなって40年近くが経過するが、ようやく彼の思考に世界が追いついてきたのではないかと思う反面、やはり彼の中で当時、まだまだ真理というものが消化し切れていなかったのではないかという思いも強くなっている。
タルコフスキーが亡くなったのはわずか54歳のことだったのだから。
芸術とはいったいなにか! 芸術は〈善〉か〈悪〉か? 芸術は〈神〉のものか〈悪魔〉のものか? 人間の力からくるものなのか弱さからくるものなのか? もしかしたら、これは共同生活の保障とか社会的調和のイメージなのか? そしてこのなかに芸術の役割があるのだろうか? 恋の告白のようなものか? 他人に依存していることを自覚するようなものか? 告白。無意識だが生活の真の意味を照らし出す行為—〈愛〉と〈犠牲〉。 なぜ、あとを振りかえるとき、われわれは人類の道程に、歴史の大変動、カタストロフィを目にするのか、崩壊した文明の痕跡を発見するのか? 実際、これらの文明になにが起こったのか? なぜこれらの文明に息吹が、生への意思が、精神的力が不足していたのだろうか? こうしたすべてが純粋に物質的な欠乏のために起こったと信じることが果してできるだろうか? 問題は物質的欠乏だけにあったという前提は突飛すぎないだろうか? 歴史過程の精神的側面をまったく考慮しなかったために、われわれはふたたび新しい文明の消滅の縁に立っている、と私は確信している。人類をとらえた多くの不幸の原因はわれわれが容赦しがたいぐらい、罪深いほどに、絶望的に物質的になったからなのだということをわれわれは認めようとしない。つまり、自分を学問の支持者と考え、いわゆるわれわれの学問的な目論見の、いわば駄目を押そうとして、われわれは、分かつことのできようはずのない人間の、唯一のプロセスを縦に分割し、その一方の、目に見えるばねを明らかにし、それをすべての事柄の唯一の原因とみなし、そのばねを過去の誤りを説明するために使うばかりでなく、われわれの未来の青写真をつくるためにも使っているのだ。
~アンドレイ・タルコフスキー著/鴻英良訳「映像のポエジア―刻印された時間」(キネマ旬報社)P355-356
タルコフスキーは懊悩する。
あまりにも物質性だけに拠り所を見出す人類に映画を通じて常々警告を出していた。
そして彼は、東洋世界のあり方に答を見出した。
たとえばヴェーダのような世界観を信じ、その世界観にみずからを委ねることで、安らいでみたくなることがある。東洋は西洋より真理に近いところにいた。だが、西洋が生にたいする物質的な要求によって東洋を食いつくしてしまった。
東洋音楽と西洋音楽を比較してみるがいい。西洋は叫ぶ、—これは私だ! 私を見よ! 私がどれほど苦しんでいるか、どれほど愛しているか聞いてほしい! 私はなんと不幸なのだろう、なんと幸福なのだろう! 私だ! 私のものだ! 私に! 私を! と。
東洋は自分自身について一言もいわない! 神のなかに、自然のなかに、時間のなかに完全に溶けこんでいる。みずからをすべてのなかに見出し、みずからのなかにすべてを見出している! タオの音楽。キリスト生誕より6百年前の中国。
しかし、なぜ偉大なる理念は勝利することなく、滅びたのか? この理念を基礎にして出来上がった文明は、なぜ歴史過程のひとつの完成形態としてわれわれの時代まで生きのびることがなかったのか? かれらはおそらく、かれらを取巻く物質的な世界と出会った。個人が社会と出会ったように、この文明は他者と出会った。物質的世界、〈進歩〉、テクノロジーとの戦いだけでなく、それらのものとの対比がかれらを破滅させたのだ。この文明は真の知識の最終到達点、地の塩の塩(エリート中のエリート)であった。東洋の論理からすれば、戦いはその本性上、罪深いものであったのだ。
~同上書P357
時を経て今思うのは、東洋は決して滅びていないということだ。
すべてはプロセスの中にあっただけで、西洋に駆逐されたように表面上見えただけで、ついにまた東洋の時代が来る、否、来たといえまいか。
まずは日本である。争いや諍いを回避しようとする、慈しみの本性を発揮すべし。
バッハの中に、僕は東洋の精神を見る。
あの数学的によくできた、調和の、中庸の顕現は、他の作曲家にはない、普遍的長所だ。
なるほどバッハの内には常に信仰があった(それは本人の意思とは別に宗教の枠を超えるものだったと僕は考える)。その点さえ見失わなければ、バッハの音楽の中に、真理を見出すことは可能だ。
ヴァルヒャの旧録音は素晴らしい出来だ。
そしてまた、新しい方の録音は、バッハへの一層の尊崇が刻印される。
人として年齢を重ね、経験を積むと同時に溢れる枯淡の境地。
我欲が抜け、純粋に信仰だけが残っていくという境地。
ヴァルヒャのJ.S.バッハ「オルゲル・ビュヒライン」(1950&52録音)を聴いて思ふ オルガン・コラールを理解するために歌詞をよく知らなければならないという専門家もあるが、標題を標題としてとらえるのでなく、ただただ世界共通言語としての純粋音楽として聴くことが今の僕は大切だと思う。
何にせよここには言葉を超えた、宗教を超えた信仰というものがある。
西洋的でもなく、まして東洋的でもない、ただただ大宇宙の根源への感謝があるのみだ。
アンドレイ・タルコフスキー監督「惑星ソラリス」
タルコフスキーの言葉に従えば、『サクリファイス』の主人公は、彼がどんな悲劇を体験しようとも、それとは無関係に幸福な人間である。幸福だというのは彼が信仰を得たからであった。そしてこの信仰はおそらく、信仰とは和解による心の平 ... ]]>

タルコフスキーの言葉に従えば、『サクリファイス』の主人公は、彼がどんな悲劇を体験しようとも、それとは無関係に幸福な人間である。幸福だというのは彼が信仰を得たからであった。そしてこの信仰はおそらく、信仰とは和解による心の平安を得るものではない、というキルケゴールの解釈にもっとも近いものなのである。
ドストエフスキー同様、タルコフスキーを悩ましていたのは神聖さとは何か、罪とは何か、という問いである。もしも人が自分の魂を救うためにすべてを捨てて荒野に出かけていくとしたら、残された者はいったいどうなるのか。その問いかけが『ストーカー』ではとりわけ印象深い響きを放っている。この映画の3人の登場人物—「作家」、「教授」、「ストーカー」—がキルケゴールの三者(「美学」「倫理」「信仰の騎士」)をも、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』をも踏まえたものであることは明白だろう。
(オクサマ・ムシエンコ/宇佐美森吉訳「タルコフスキーと『存在の哲学』のイデア」)
~アネッタ・ミハイロヴナ・サンドレル編/沼野充義監修「タルコフスキーの世界」(キネマ旬報社)P363-364
アンドレイ・タルコフスキー監督「ストーカー」(1979)を観て思ふ 本性からの慈しみによる許しこそが幸福の鍵であることをタルコフスキーは暗に知っていたのだろうと思う。しかしながら、この時点において、タルコフスキーの思想は、あくまで西洋二元論的な枠から脱していない。
タルコフスキーは言う。
現代人は分かれ道に立っている。かれらのまえにはジレンマが立ちはだかっている。新しいテクノロジーの揺るぎなき歩みと、物質的価値のさらなる蓄積に頼って、盲目的な消費者の存在を続けるべきなのか、あるいは、結局は、個人だけでなく、社会のためにも、救いの現実になりうるかもしれない精神的な責任への道を探求し、見出すべきなのか。つまり〈神〉へ戻るべきなのか。人間自身がこの問題を解かなくてはならない。人間だけが正常な精神的生活を見いだすことができるのだ。
~アンドレイ・タルコフスキー著/鴻英良訳「映像のポエジア―刻印された時間」(キネマ旬報社)P323
神は外にはない。自身の佛性を取り戻すことこそ「神」に戻ることだと思う。
前述の論に対して、タルコフスキー自身が注釈を加えている。
ところで、われわれの生活が幸福のために作られたといったのはだれだったろうか。人間にとってそれよりも重要なものはないだろうか。(ただ幸福という概念の意味を変えることができたならばいいのだが、それは不可能なのだ。)これを唯物論者に説明してみるがいい。東洋においても、ここ西洋においても、理解されずに笑われるだけだ。極東については個々では問題にしない。
~同上書P323
「極東」とは日本のことであろう。
日本だけは別であることをタルコフスキーは言外に示している。
そして、日本こそが世界を平和に導く鍵を担っているのだということを当時よりタルコフスキーは見抜いていたのだろうと思う。
「東方の三賢人の礼拝」にすくむオットーとアレクサンデルとの会話の背後に流れる音楽は、海童道宗祖による法竹(ほっちく)によるものだ。
アルバムの冒頭に収められた「霊慕」とは何か?
万物は流転して常に変化を繰り返えすが、かくも変化を繰り返えし乍ら、大自然そのものの姿は相変わることがない、とする宇宙の霊性(こころ)を体達して、ここに現わされた海童道の調べが、「霊慕」である。
なお海童道は、こうしたこころの探求体達を旨とするが、このことをして、哲理または神秘主義の具現というのである。
~CDP-1079ライナーノーツ
呼吸の妙。そして、動静相まってキレが生じる奇蹟。
動の中の静が見事に表現される。
もはやここにタルコフスキーが映画の音楽として選択をした理由があるように思う。
彼は最終解答を得ることができなかったが、確かにその一歩手前までは行き着いたようだ。
「静寂の澄音が、そのまま躍動のはたらきとなる在り方を示す」という「心月」の法竹は、物干竿に音孔を開けただけの自然竹だそう。驚異だ。
撮影のあいだ、われわれは技術的な問題にも、他の問題にも悩まされなかった。だが、撮影の最後に、われわれの全体的な努力の大部分が脅威に見舞われ、われわれ全員が絶望におちいった瞬間があった。ワン・ショットだけで6分30秒つづく火事のシーンを撮影しているとき、突然カメラが故障したのだ。そのことをわれわれが知ったのは、建物全体が炎にすっかり包まれたときだった。われわれの目のまえで、家はすっかり燃えてしまった。火を消すことはできなかったし、撮影もまったくできなかった。4か月にわたって全力を投球し、多大の代価を払った作業が、無為に帰してしまった。問題は、一番重要なセットが燃えてしまったということである。しかし数日後、まったく同じ家が、燃えた家のコピーが建てられた。わずか数日後である。これはほとんど奇跡だった。そして、人はなにかを信じているときどれほどのことができるかということの、これは証明でもあった。彼らばかりでなく、プロデューサーたちも超人である。しかしこのシーンをもう一度撮り直すとき、二つのカメラのスイッチが、—ひとつのカメラは助手によって、もうひとつのカメラは、光の天才的な巨匠であるスヴェン・ニクヴィストの恐怖にうちふるえる手で—切られるまで、筆舌に尽くしがたい緊張がわれわれをとらえて離さなかった。そして、カメラが切られたときはじめて、緊張がゆるんだ。ほとんど全員が、子供のように泣いていた。われわれは駆けより、抱きあった。そして私は、われわれ撮影隊が、どれほど強いきずなで、どれほどしっかりと結ばれているか感じとった。
~同上書P335-336
こういうのを天の按配というのだろう。
人類の至宝たる傑作はそうやって残された。
海童道宗祖の「神秘の竹の音―前衛と古典」を聴いて思ふ
海童道(わたづみどう)
異常な緊張感
レオナルドによって創りだされたイメージは、いつもふたつの点でわれわれを感動させる。そのひとつは、対象を外部から、外側から、傍らから熟視するときの、芸術家の驚くべき能力である。これは例えばバッハやトルストイのような芸術家に ... ]]>

レオナルドによって創りだされたイメージは、いつもふたつの点でわれわれを感動させる。そのひとつは、対象を外部から、外側から、傍らから熟視するときの、芸術家の驚くべき能力である。これは例えばバッハやトルストイのような芸術家に固有な、世界を上から見るまなざしである。
そしてもうひとつは、イメージが同時に二重の相矛盾する意味で知覚されているということである。
・・・中略・・・
真の芸術的イメージは、それを見るものに、必ず、複雑で、矛盾した、そして時として相互に排除しあう感情を同時に体験させてくれるのである。—アンドレイ・タルコフスキー
オットー 「あれは何です?」
アレクサンデル 「どれだ?」
オットー 「壁の絵です。あれは何です? ガラスが反射してよく見えないんです」
アレクサンデル 「『東方の三賢人の礼拝』だ。レオナルドだ。もちろん複製だ」
オットー 「気味の悪い絵ですね。私はレオナルドの絵が恐ろしいんです」
~樋口泰人責任編集/鴻英良監修「タルコフスキーatワーク」(芳賀書店)P82
世界を上から見るのではなく、自己の客観視なのだと僕は思う。
さらには、陰陽の二点を超えて俯瞰できる第三の眼のようなものを持っているのだとも思う。
それにしても芸術とは負の美学の極致であったことがよくわかって面白い。
気がつけば十二支が一周。
癸巳年(内なる力と粘り強さで目標を達成し、新しい自分へと成長する)から乙巳年(脱皮して新しい自分に生まれ変わる「再生」や「幸運」を意味する)。
さらに来年は、丙午。新しい挑戦や努力が実を結びやすい、活動的な一年になるらしい。
鈴木雅明指揮BCJのクリスマス・オラトリオを聴いて思ふ 現代人は信仰を失っているといわれる。
しかし、個人的には、意外にそうでもないようにも見える。少なくとも僕の周囲においては。
タルコフスキーは語る。
私の映画は、現代の思索の孤独な現象を、あるいは彼らの生活のイメージを支持したり、投げ捨てたりすることを要求しない。私の基本的な願望は、われわれの存在の本質的な問題を呈示し明らかにすることであったし、埋められてしまい、涸渇させられたわれわれの存在の源泉に観客を呼び寄せることだった。映画や視覚的イメージは、ことばより以上にこのことをすることができる。言語があの神秘的で呪術的な意味を失い、ことばが空虚なおしゃべりに変わったいまは、とりわけそうである。ことばは、アレクサンデルの考えによれば、なにかを意味することをやめた。われわれは情報の過剰のなかで息が詰まりそうであり、同時に、われわれの生活を変えることができるきわめて重要なメッセージは、われわれの意識に届かない。
~アンドレイ・タルコフスキー著/鴻英良訳「映像のポエジア―刻印された時間」(キネマ旬報社)P338-339
言葉を超えなければ人類は益々疲弊するだろう。
言葉に意味などなかった。あったのは個々の主観だけだ。主観がなければ客観も存在しない。ならば、いかに本質を見抜く力を養えるかどうかだ。
『東方の三賢人の礼拝』は気味の悪い絵だ、というフレーズが何度か繰り返される。確かに賢人たちは恐怖を起こさせる。レオナルドの絵には、幼児の方へ曲がった手を伸ばす老人たち、恐ろしい闘いのパノラマ、馬の尻、そして宇宙の風全体にさらされた生命が描かれている。コンポジションの中央にあって、背中を曲げ、横たわっている人々の上方に聳える木は—本当にその樹冠を上空へと伸ばしているのではないのか?
理想への想い、天の熱烈な誘い、信仰と希望に満ちた祈り、神への道と接近—これこそがアンドレイ・タルコフスキーの刻印された時間である。
(ネーヤ・ゾールカヤ/扇千恵訳「終わり」)
~アネッタ・ミハイロヴナ・サンドレル編/沼野充義監修「タルコフスキーの世界」(キネマ旬報社)P247-248

信仰を失った現代人への警告、それこそがアンドレイ・タルコフスキーの使命だった。
(それにしても彼の死は早過ぎた)
絵の前景は、救世主の誕生をいち早く悟り、奇蹟を受け入れる人々を示し、後景は、啓示を知らず荒廃した世界を知らない人々、世界を示す。
(信仰の有無が見事に反映される)
何が気味悪いのかというと、玉石分班という受け入れがたい事実を受け入れねばならない事実を見事に描写したダ・ヴィンチの信仰そのものに対する怖れなのだろうと僕は想像する。(実際のところ、信仰のない人にはそもそも怖れの自覚すらないのだが)
バッハの宇宙に戻ろう。
1735年1月1日から1月6日にかけて初演された第4部イエスの御名の祝日「感動と賛美にひれ伏さん」、第5部新年第一日曜日「神にみ栄えあれ」、第6部顕現節「主よ、おごれる敵の迫り来る時」を聴いた。12年ぶりの鈴木雅明指揮BCJによるクリスマス・オラトリオBWV248。
御子は生まれて8日後に割礼を受け、イエスと名付けられたとされている(ルカ伝第2章21節)。それはちょうど1月1日にあたることになり、そこでこの日をイエスの御名の祝日として祝う。
~作曲家名曲解説ライブラリー12「J.S.バッハ」(音楽之友社)P380
まずは明朗快活な第4部「感動と賛美にひれ伏さん」の歓喜。
オラトリオの第5,6部は、救世主の誕生を知って東方から訪ねてきた博士たちの物語である。その物語の前半にあたる第5部は、博士たちがヘロデ王を訪ねて御子のありかを問う場面が語られる。
~同上書P381
そして、厳格な、峻厳なバッハの本領発揮を示す第5部の厳しい美しさ。
1月6日にあたる顕現節は、東方の博士たちがうまやに憩う御子を探しあて、その誕生を祝ったという出来事を記念する祝日である。
~同上書P383
さらには第6部の見えない大歓喜。それこそ言葉では表現し難い喜びをバッハは見事に表現する。バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏は極めて透明で美しい。
心眼を開かねば、真の悟りを得ることは不可能だ。心の眼で見、本質を見抜く力を養おう。 私は勤勉であらざるを得なかった。私と同じように勤勉な人ならば、私と同じ程度のことはできるだろう。(ヨハン・セバスティアン・バッハ) バッ ... ]]>

心眼を開かねば、真の悟りを得ることは不可能だ。
心の眼で見、本質を見抜く力を養おう。
私は勤勉であらざるを得なかった。私と同じように勤勉な人ならば、私と同じ程度のことはできるだろう。
(ヨハン・セバスティアン・バッハ)
バッハほどの謙虚さがあれば、確かに誰でも成功できそうだ。
バッハは数多のカンタータを書いた。
仕事とはいえ、その信仰の篤さは人類随一ではないかと思えるほど。
(あるいはその努力も人間業を超える)
待降節最後の日に、カンタータ。他でもない、カール・リヒターの名盤で打ち止め。
救世主生誕への人々の(文字通り)期待が音楽に込められる。
第1曲序曲(合唱)から得も言われぬ歓喜に溢れる。
第3曲テノールのアリアでは、シュライアーの切々とした歌唱に心が動く。
白眉はマティスの歌う第5曲ソプラノのアリアと、続く短いコラールだろう。
(信仰と喜びと)
第4曲アルトのレチタティーヴォから第5曲アリアに至る6分余りこそ頂点を成す。
何よりビュヒナー奏するヴァイオリンのオブリガートの美しさと、レイノルズの哀切満ちる歌唱があまりに美しい。
1714年のクリスマス当日に演奏されたカンタータは、実に祝典的雰囲気に溢れる。
(当然のことながら)
しかし、こちらは第2曲以降の内省的な二重唱にこそ意味と意義があるように思う。
(第3曲はマティスとディースカウの二重唱、そして第5曲はレイノルズとシュライアーの二重唱だ!!)
メシアの時代に民は相分かれる。
霊的な人々はメシアを受け入れたが、俗物どもは受け入れずに、メシアの目撃者として役立った。
「イエス・キリストの証拠」
~パスカル/由木康訳「パンセ」(白水社イデー選書)P307
今こそ大いにバッハのカンタータを聴こう!