「カテゴリー: 交響曲」の記事一覧
カンテッリの「ジークフリート牧歌」を聴いて思ふ
デュトワのショスタコーヴィチを聴いて思ふこと
ワルター&フェリアーの「大地の歌」
フルトヴェングラー&ウィーン・フィルの第9交響曲
ハンス・ロットの交響曲第1番
Cluytens:Popular Symphonic Movements(BRC-8028)
ワーグナーの交響曲
バーンスタイン晩年のシベリウス
バーンスタインのハイドン「驚愕」交響曲
ムラヴィンスキーのシベリウス(VIC-9545)
ヴァント&ベルグルンドのブラームス全集
ヤンソンス&RCOの「新世界」交響曲
マタチッチのブルックナー第3交響曲
バルビローリ卿のラスト・コンサート
クレンペラー最晩年のベートーヴェン
朝比奈隆の怒涛の「舞踏の聖化」
バルビローリ&ハレ管のヴォーン・ウィリアムズほか
功芳の第9
朝比奈&実相寺のブルックナー選集
モントゥーの「英雄」
カラヤンのシベリウス
セーゲルスタムのシベリウス第7交響曲
ベルグルンドのシベリウス第7交響曲
スヴェトラーノフの「新世界」&「春の祭典」
ザンデルリンク&ケルン放送響による「田園」交響曲!
ビーチャムのベートーヴェン第7交響曲
すべて偉大なものは単純である
1959年10月新譜シルヴェストリの「悲愴」
シェルヘンのベートーヴェン・リハーサルに度肝を抜かれる
ヘルマン・シェルヘンのベートーヴェン全集より
フルトヴェングラーの「田園」交響曲(SACDハイブリッド盤)
プレートルの第9交響曲
トスカニーニのベートーヴェン
シューリヒトのシューマン第2交響曲
出逢わなければ、私の人生は違ったものになっていただろう
マタチッチ最後の来日公演
メンデルスゾーン:スコットランド交響曲
春到来?~シューマン:「春」のシンフォニー
シューマン:交響曲第4番ニ短調作品120
フルトヴェングラーの1954年バイロイト第9
シルヴェストリのショスタコーヴィチ
シルヴェストリのチャイコフスキー
2013年、あけましておめでとうございます
今年よ、さようなら、来年よ、こんにちは
職人技、ヴァントのベートーヴェン!
ドヴォルザークの「ズロニツェの鐘」
小澤&パリ管のチャイコフスキー
スヴェトラーノフの「小ロシア(ウクライナ)」
冬の日の幻想
バスティーユ襲撃
音楽とは啓発であり、啓示である
内側が「透けて見える」アンセルメのベートーヴェン
実に新鮮でウィットに富んだハイドン
果たして「ギリシャの乙女」か?
クナッパーツブッシュの「エロイカ」(2種)
変ホ長調とハ短調
一期一会で聴くなら最高の方法がここにはある
3つ目の轟音とぶれないアンサンブルによる強烈な破壊力
いかにもシベリウスらしい精神に溢れた音楽が聴こえる
ムラヴィンスキー様、ありがとうございます
ベートーヴェン×リスト vs ベートーヴェン×ワーグナー
大自然の威容を聴くが良い
シューベルトは時間で聴くのではなく空間で聴くもの
大宇宙が響き始める様子を想像してください
チェリビダッケのシューベルト
ストーカー的シューベルト
第1楽章冒頭からワクワクドキドキ
音楽というものはやっぱり生きているんだ
不毛の時期というのも必要なんだ~ホグウッドの「エロイカ」
芸術とは、負の美学、なり
マタチッチ&チェコ・フィルのブル5
ラトルのブルックナー9番を聴いた。痺れた。
近衞秀麿×朝比奈隆/2つのシベリウス
批評家は2つのことをしなければならない
巨匠から学生たちへ
少し脱力してみようと気持ちを新たにする
ヨーロッパ・コンサート2002
プロコフィエフも自分自身と闘っているんだ
1975.12.7ショスタコーヴィチ追悼演奏会
第5楽章でまたしても頭が真っ白になった
マルケヴィッチをもっと勉強しよう
宇宙的規模の一大ページェント
無欲のベートーヴェン
苦悩から歓喜へ
偉大なるアマチュア
ストラヴィンスキー再発見!
ソビエト音楽は決して侮れぬ
ショスタコーヴィチの無限
調和とバランス
ショスタコーヴィチ・ツィクルスもいよいよ大詰め
ミューザ川崎オープニング・コンサート「千人の交響曲」
なるようになれ
レニングラードは闘っていた
ヴァイオリン両翼配置のこと
プロコフィエフの第5シンフォニー
回想シーンに涙する
孤独の影
ブルーノ・ワルターが・・・、吠える